発達障害で精神障害2級を頂戴してるのだけど
発達障害の多くの人が言うように
この世の中は生きづらい
逆を言えば、発達障害を持って無い人からすれば
私達は非常に扱いにくく、仕事も出来ないように見える。
実際には出来ている仕事も
何故か『出来てない』評価をもらう。
例えば、だ。
夜勤は一人なので、いくら眠ってる人が多いとは言え
おむつ交換や記録、コール対応を全部一人でやるわけだが
それは有る種の完璧レベルに出来ていた。
が、日勤になると話は違う。
日勤の他の職員の脳内で
『コレをしてくれればいいのに』
と、望まれても
言われなければ分からないから
自分で『今はこれをやらなくちゃ』の域から出られない。
結果『あいつ仕事出来ない』評価をくだされる。
もしくは『言われなきゃ出来ない』評価。
日勤のみのパートさんは
夜勤はラクだと思いこんでいる。
眠ってる人が多いだろうし、
おむつ交換して回れば済むお安い御用的なイメージを持っている。
実際夜勤してみろよ、と何度言いたいのを飲み込んだことか。
かといって、時間があくときもある。
そんなときに、ぐちゃぐちゃな清布をきれいに畳んでおくと
陰口を言われる。
「あんなにきれいにしたって、次々使っちゃうんだから意味ない無駄な仕事してる」
そうかなぁ?
私の最後の勤務先は特養だったけど
使用済みおむつや、清布の有様ったら無かった。
その前に勤めていた有料では、ひとつひとつ丁寧にしていて当然だったものが
便まみれのおむつがビニール袋にそのまま放り込む特養では
ゴミ箱のあちこちに便がついて
結局、清潔感にも劣っていたし
何しろ、訪問者・ご家族がいらしてても
ぐちゃぐちゃな清布が
丸見えなわけで
だらしないというか
雑というか。
それに慣れてしまった訪問者がもし
私の前職場に行ったら驚くかもしれない。
まぁそれが特養と有料の違いなのだと言われればそれまでだが
相手が人間である以上
特養だから物品も雑に扱って良いわけがない。
新人が入ると、よく
『新しい風が吹く』と言って
今までの自分達を否定された、と捉えるか
新しい情報を手に入れたり、襟を正して改めて自分の仕事を見直すか
どちらかによって、その施設は大きく違ってくるわけだが
最後の特養は
前者の『今までの自分を否定される』とか
『今までの流れを変えられる』ことを嫌悪する集団だった。
主にパートさんが。
社員さんはパートさんと上手くやっていきたいからなのか
パートさんとつるんで陰口を言う人と
新しい風を浴びたい派に分かれていた。
私が特養に正社員で入職したときに
それまで一番新しい社員だった人は
入職してからすでに3年ほど経っていた。
その3年間、いろんな人が入っては来るものの
辞めていくそうで…
まぁそらそうでしょうねぇ、と思うような人たちだった。
パートさんの発言力がものすごい!
いや、仕事仕事っていうけども
相手は人間で
しかも、人生の先輩だよ?
なんであんな扱いができるのかな…
そう思う私はあっというまにハブられた。
ただし、そのちょっとまえに派遣で来るようになった人が
大きな的になっていたのだが
その人も、まぁ…
はっきり言うよ、嫌がらせで辞めざるを得なくなった。
で、次の的は私なわけで。
ただ、当時はまだ母子家庭だったので
嫌がらせより給料だ!!!!111
と、働いてきたが
当然、イヤイヤシブシブ出勤になっていった。
入居者ではなく、職員が嫌いになった。
「あなたのことは嫌いだから、一緒に仕事しないし、話もしない」
某パートさんの言葉だけど
私が言われたのは知る限り二人目で
辞めざるを得なくなった派遣さんが一人目。
私が入る前にも平気で言ってたんだろうなーと察する。
要は、入ってきた新人に言うご挨拶みたいな習慣でもあるんだろう。
派遣さんが泣きながらそれを話して来た時に
そんな風なら、その人がココを辞めれば良いんじゃね?って思った。
誰かと一緒に仕事しない、話もしないんだったら
チームワークだだ崩れデスヨ。
その言葉を実際に私が言われたのは
もう派遣さんが辞めて、数カ月後だったが
その某パートさんは
想像力が無いのか、優しさが無いのか
仕事に時間がかかったときに
「どうしたの?」とか
「手伝おうか?」等とは絶対に言わない。
遅いことだけを指摘する。
理由も知らんくせに…と、心で思ったもんだ。
察しの良い社員さんの一部は
時間がかかってると様子を見に来てくれる。
こちらからの発信はできないので(真っ最中は特に)
で、手伝ってくれるか
代わりに次の私の仕事をやってくれる。
お互いそうであれば、チームワークが成り立つんだ。
察しの悪い社員さんは
パートさんと同じだ。
毎日我慢しながらも
母子家庭は食わせるのが私の役割なので
仕事には行くものの
どんどん精神的に壊れていく。
辞める半年前くらいから
仕事中にめまいで倒れたり
ふっと意識が無くなったりするようになり
その都度、早退や休憩を貰っていたが
これが悪循環。
『結局まぢで使えねぇ』レッテルを貼られても
何も言えない。
医者から適応障害と診断され
うつ病で仕事に行けなくなった。
2ヶ月の休職を貰った。
子どもたちは高校生だったが
『お母さんは怠けている』
というレッテルを貼られる。
悔しかったし
悲しかったし
頑張ってきたのに
涙しか出てこない。
家族の評価は私のうつ病をより深刻化させ
深刻なうつ病はさらに娘たちから
『ダメ親』
『家庭放棄』
と思われるようになり、
さらにうつ病は進む…
もう消えたい
家の中に居るのが息苦しくて
自動車の中で泣かずとも流れる涙とはこのことか、と
涙と鼻水にまみれていた。
そこに連絡があったのが
今の再婚相手だが…
再婚相手は再婚相手で
また別の苦悩を抱えて
今、まさにオーバードーズをしようとしていた矢先に
終いに誰の声きこうかな、というところで
ふとネット上でしか付き合いの無い私を思い出したそうで
messengerから電話をかけてきた。
後に彼曰く
「俺死んでる場合じゃねぇ。もっとヤバいのが居た」
と、ODを取り止めて
そこから時折連絡が来るようになり
毎日来るようになり…
交際を申し込まれたが…
彼には奥さんとお子さんが。
いくら病んでいても
不倫も浮気もいやです、と断った。
あー。救いの神の声ともこれで終わりか…
そんなふうに思った。
もはやどうやって死のうか、と考える以外に
脳みそを使うことは無かった。
脳みそはフル回転だった。
薬くらいじゃ死ねないよな。
飛び降りると掃除が大変だろうな。
樹海かぁ?
脳みそだけはフル回転で死に方を模索するのだが
樹海まで行く気にならない。目の前にあればいいのに。
うつ病ってのは厄介な症状だ。
死ぬ方法すら餓死くらいしか無いんじゃないか。
餓死か…
その手があったか。
当時はそれが最高の手段に思えた。
正確に何日間とは数えて無いけども
少なくとも10日間以上、食事をやめた。
水はどうしても
目覚めたら眠剤飲んで寝る、を繰り返していたので
水まで辞めることはできなかったけど
布団の中で
まるで世界中から馬鹿にされてる気になりながら
(実際、世界中の人は私に目もくれないのだが)
ひたすら眠る。
汚い話しだが
トイレは行くものの
シャワーも浴びず
ひたすら眠ろうとするばかりで
不思議と眠れるのだ。
お薬の効き目もあるだろうけど
それ以上に、体がもう、目覚めることを拒否するかのように
ただひたすら眠って
考えないこと
娘たちの顔を思い出さないように
さびしい
かなしい
くやしい
それらが一粒の眠剤に溶け込んで
眠らせてくれた。