わからないことだらけの新型コロナウイルス。

 

新型だからね。

 

あれこれ解析済み、で対処方法も予防法も分かってるわけじゃないからね。

 

新型だからね?

 

 

で、引きこもりな私は通院くらいしか外界に出ないのだけど

ニュースみてると、引きこもることにストレスを感じる人も多いのだなぁ…

 

私の場合は外に出るほうが巨大なストレスになるのだけども。

 

そんな引きこもりストレスを感じてる人に

私から普段、どうしてるのか、知らせてみようと思った。

 

先ず、朝寝坊。

夫の出勤が16時なので14時くらいまでは寝てるよ。

まぁこれはレアケースなので真似しろっていっても無理かもだけど。

 

 

次いで、ニュースや報道番組を片っ端から見る。

いろいろ偏りがあって面白いよ。

ネットサーフィンもアリ。

 

でも、つまんないネタに食いついてトイレットペーパー買いだめとかしないようにね。

 

私はそのとき、トイレットペーパーが中国からくるわけないだろ(笑)と思って

さらっと流したけども。トイレットペーパーであるだけに。←ココ笑うトコ

慌てる前に、自宅のトイレットペーパーの袋を見てみればいいんだよ。

うちは安いやつ使ってるけど、それでも

普通に Made in Japan って書いてあるからね。

 

 

そういえば、【感染者数】という言い方は間違えているというのをネットサーフィンで見たなぁ。

あくまでも確認された人数なので【感染確認者数】と言うべきだって話だったけど

でもそれってさ。

揚げ足取りにしか思えなかったんだよなぁ。

 

だって、この新型コロナウイルスは自分でも医者でも判断できなくて

PCR検査をしなくちゃ判明しない。(今日現在)

 

だったらもう報道では、感染者数=感染が確認された人数

で、間違えてないと思うんだよ。

それくらいみんな分かってニュース見てると思うんだよ。

 

揚げ足記事は、つまるところ確認されていない感染者はまだまだ居るんだぞってことを

言いたい記事だったんだろうけど

 

うん、知ってる。

 

としか言えないんだよね。

そこ責めてどうすんのって思い。

だって、確認された人数しか発表のしようが無いないじゃない?

それはコロナだけじゃなくてインフルもだけど。

 

 

 

いくつかの記事で同じ人が揚げ足取りやってて、

そういうの好きそうな人だったから

その人の揚げ足をとってみた(笑)

 

 

引きこもりは揚げ足は取るんだぜ(☆_-)b

 

 

そうして、2ヶ月の休職を経て

会社からは自主退社をするよう書面が来た。

 

定形な退職届の空欄部分を書き込む。

 

無念ではるが

あの特養で働く気にはならなかったので

提出…

 

あと2ヶ月頑張れば、ボーナスだったのに…

 

自己嫌悪というか

自己劣等感に浸る。

 

寝込む。

 

子どもたちは冷たい視線すら送らなくなって

私は居ても居なくても同じという立ち位置になった。

 

 

十数日を断食したところで

水を飲んでいる以上、やすやすとは死ねなかった。

(ので、今があるのだが)

 

頭痛や吐き気をもよおし

痛み止めに依存する。

 

とある痛み止めには

鎮静成分が含まれていて

依存症になりやすいそうなのだが

私はもうかれこれ30年は、頭痛持ちでその薬に依存していて

そのお薬を飲む量が倍、さらに倍…

 

処方薬なので医者に行かねばもらえない。

睡眠薬も残りわずか。

よく飲んだなぁと思うペースで飲んでいたから

お薬切れは死ぬよりつらいことだった。

 

 

重い腰を上げるというよりも

鉛のような体をキシキシと軋ませながら

かかりつけの精神科医に向かう。

 

今思えば、危ない運転だ。

 

薬…薬…欲するものはそれだけだった。

 

 

 

その診察のときに担当医が言ったのは

 

「まぁ発達障害の人は生きづらい世の中だからなぁ」

 

実は、それまで自分が発達障害だなんて知らなかった。

親に聞いても「変わった子だなあと思ってた」のだったそうで

 

ぇ?私は発達障害なの????

 

当時47歳の夏

 

初めて心理検査を受ける。

 

結果はキッチリ発達障害だった。

 

 

知らないまま人生の半分を生きてきて

この世の中はなんて生きづらいんだろうと思い続けてきて

学校でも、働いても、結婚しても、ママ友の輪でも、離婚しても

どこへ行っても何をしても

生きづらい…

 

その理由は今に始まったことじゃなかったのか!

 

それを知って

だからどうってことはないのだけど

アレやコレは仕方なかったのだ、と思うようになり

 

断食を止めた。

 

要は

自死することを辞めたわけだ。

 

りんごジュースから…

トマトジュース…

 

じわじわ体を食べ物になじませていく。

 

3週間ほども食べずに居ると

食べないことが異常だということを忘れている。

 

幸か不幸か、お薬を飲むために

水だけはしっかり飲んでいたので

3週間ほど断食で生きていても

死にそうにはならなかった。

頭痛とめまい、吐き気は非道かったが。

 

 

その後、仕事する気や家事をする気になったわけではなく

そこは相変わらずなのだが

 

病院の事務の指示通りに提出物を出して…

まぁそれすらも動く気になった時に動くので

なかなか一歩が出ないわけだが

 

精神障害手帳2級を交付され

障害年金を受給し…

 

娘たちからはとうにさじを投げられた母親になってしまったが

 

 

例のネットでしか知らない800km離れたところの彼が

「離婚した」

と、離婚届けの受理書を郵送してきた。

 

 

その後、すったもんだの挙げ句

彼とは

はじめました(自己紹介)

で、書いたように初対面し

一年後、入籍したものの…

 

当時から、もう波乱の芽は出ていたのだ。

 

そして私はうっすらと

それに気づいて居ながらも

 

子供らに嫌われた寂しさや

人間嫌いで働けなくなった自分の理解者を求めて

再婚してしまった…。

 

 

再婚相手は意外にも

とんでもない人だった。

 

 

まさか!

 

 

の連続で崩壊していく家族。

 

 

 

 

これが、今日、今現在

大後悔となっているのだが

 

 

今更離婚したって

 

もう、再婚前には戻れない。

 

 

もう、仲良し母子3人にはもどれない。

 

 

もう、うつ病を発症する前にも戻れない。

 

 

 

 

自分が生まれる前にも…戻れない。

 

 

 

 

ないないづくし、なのだ。

 

 

心と脳内は

鬼と堕落で満ち溢れてくるようになっていく。

発達障害で精神障害2級を頂戴してるのだけど

発達障害の多くの人が言うように

この世の中は生きづらい

 

逆を言えば、発達障害を持って無い人からすれば

私達は非常に扱いにくく、仕事も出来ないように見える。

 

実際には出来ている仕事も

何故か『出来てない』評価をもらう。

 

例えば、だ。

夜勤は一人なので、いくら眠ってる人が多いとは言え

おむつ交換や記録、コール対応を全部一人でやるわけだが

それは有る種の完璧レベルに出来ていた。

 

が、日勤になると話は違う。

 

日勤の他の職員の脳内で

『コレをしてくれればいいのに』

と、望まれても

言われなければ分からないから

自分で『今はこれをやらなくちゃ』の域から出られない。

 

結果『あいつ仕事出来ない』評価をくだされる。

 

もしくは『言われなきゃ出来ない』評価。

 

日勤のみのパートさんは

夜勤はラクだと思いこんでいる。

眠ってる人が多いだろうし、

おむつ交換して回れば済むお安い御用的なイメージを持っている。

 

実際夜勤してみろよ、と何度言いたいのを飲み込んだことか。

 

かといって、時間があくときもある。

そんなときに、ぐちゃぐちゃな清布をきれいに畳んでおくと

陰口を言われる。

 

「あんなにきれいにしたって、次々使っちゃうんだから意味ない無駄な仕事してる」

 

そうかなぁ?

私の最後の勤務先は特養だったけど

使用済みおむつや、清布の有様ったら無かった。

その前に勤めていた有料では、ひとつひとつ丁寧にしていて当然だったものが

便まみれのおむつがビニール袋にそのまま放り込む特養では

ゴミ箱のあちこちに便がついて

結局、清潔感にも劣っていたし

 

何しろ、訪問者・ご家族がいらしてても

ぐちゃぐちゃな清布が

丸見えなわけで

 

だらしないというか

雑というか。

 

それに慣れてしまった訪問者がもし

私の前職場に行ったら驚くかもしれない。

 

まぁそれが特養と有料の違いなのだと言われればそれまでだが

相手が人間である以上

特養だから物品も雑に扱って良いわけがない。

 

新人が入ると、よく

『新しい風が吹く』と言って

今までの自分達を否定された、と捉えるか

新しい情報を手に入れたり、襟を正して改めて自分の仕事を見直すか

どちらかによって、その施設は大きく違ってくるわけだが

 

最後の特養は

前者の『今までの自分を否定される』とか

『今までの流れを変えられる』ことを嫌悪する集団だった。

主にパートさんが。

 

社員さんはパートさんと上手くやっていきたいからなのか

パートさんとつるんで陰口を言う人と

新しい風を浴びたい派に分かれていた。

 

私が特養に正社員で入職したときに

それまで一番新しい社員だった人は

入職してからすでに3年ほど経っていた。

 

その3年間、いろんな人が入っては来るものの

辞めていくそうで…

 

まぁそらそうでしょうねぇ、と思うような人たちだった。

パートさんの発言力がものすごい!

 

いや、仕事仕事っていうけども

相手は人間で

しかも、人生の先輩だよ?

なんであんな扱いができるのかな…

 

そう思う私はあっというまにハブられた。

ただし、そのちょっとまえに派遣で来るようになった人が

大きな的になっていたのだが

その人も、まぁ…

はっきり言うよ、嫌がらせで辞めざるを得なくなった。

 

で、次の的は私なわけで。

 

ただ、当時はまだ母子家庭だったので

嫌がらせより給料だ!!!!111

 

と、働いてきたが

当然、イヤイヤシブシブ出勤になっていった。

 

入居者ではなく、職員が嫌いになった。

 

「あなたのことは嫌いだから、一緒に仕事しないし、話もしない」

 

某パートさんの言葉だけど

私が言われたのは知る限り二人目で

辞めざるを得なくなった派遣さんが一人目。

 

私が入る前にも平気で言ってたんだろうなーと察する。

要は、入ってきた新人に言うご挨拶みたいな習慣でもあるんだろう。

 

派遣さんが泣きながらそれを話して来た時に

そんな風なら、その人がココを辞めれば良いんじゃね?って思った。

 

誰かと一緒に仕事しない、話もしないんだったら

チームワークだだ崩れデスヨ。

 

その言葉を実際に私が言われたのは

もう派遣さんが辞めて、数カ月後だったが

 

その某パートさんは

想像力が無いのか、優しさが無いのか

仕事に時間がかかったときに

「どうしたの?」とか

「手伝おうか?」等とは絶対に言わない。

 

遅いことだけを指摘する。

理由も知らんくせに…と、心で思ったもんだ。

 

察しの良い社員さんの一部は

時間がかかってると様子を見に来てくれる。

こちらからの発信はできないので(真っ最中は特に)

で、手伝ってくれるか

代わりに次の私の仕事をやってくれる。

お互いそうであれば、チームワークが成り立つんだ。

 

察しの悪い社員さんは

パートさんと同じだ。

 

毎日我慢しながらも

母子家庭は食わせるのが私の役割なので

仕事には行くものの

どんどん精神的に壊れていく。

 

辞める半年前くらいから

仕事中にめまいで倒れたり

ふっと意識が無くなったりするようになり

その都度、早退や休憩を貰っていたが

これが悪循環。

 

『結局まぢで使えねぇ』レッテルを貼られても

何も言えない。

 

医者から適応障害と診断され

うつ病で仕事に行けなくなった。

2ヶ月の休職を貰った。

 

子どもたちは高校生だったが

『お母さんは怠けている』

というレッテルを貼られる。

 

悔しかったし

悲しかったし

頑張ってきたのに

 

涙しか出てこない。

 

家族の評価は私のうつ病をより深刻化させ

深刻なうつ病はさらに娘たちから

『ダメ親』

『家庭放棄』

と思われるようになり、

 

さらにうつ病は進む…

 

もう消えたい

 

 

家の中に居るのが息苦しくて

自動車の中で泣かずとも流れる涙とはこのことか、と

涙と鼻水にまみれていた。

 

そこに連絡があったのが

今の再婚相手だが…

 

再婚相手は再婚相手で

また別の苦悩を抱えて

今、まさにオーバードーズをしようとしていた矢先に

終いに誰の声きこうかな、というところで

ふとネット上でしか付き合いの無い私を思い出したそうで

messengerから電話をかけてきた。

 

後に彼曰く

「俺死んでる場合じゃねぇ。もっとヤバいのが居た」

と、ODを取り止めて

そこから時折連絡が来るようになり

毎日来るようになり…

 

交際を申し込まれたが…

 

彼には奥さんとお子さんが。

 

いくら病んでいても

不倫も浮気もいやです、と断った。

 

あー。救いの神の声ともこれで終わりか…

そんなふうに思った。

 

もはやどうやって死のうか、と考える以外に

脳みそを使うことは無かった。

 

脳みそはフル回転だった。

 

薬くらいじゃ死ねないよな。

 

飛び降りると掃除が大変だろうな。

 

樹海かぁ?

 

脳みそだけはフル回転で死に方を模索するのだが

樹海まで行く気にならない。目の前にあればいいのに。

うつ病ってのは厄介な症状だ。

死ぬ方法すら餓死くらいしか無いんじゃないか。

 

餓死か…

 

その手があったか。

 

当時はそれが最高の手段に思えた。

正確に何日間とは数えて無いけども

少なくとも10日間以上、食事をやめた。

水はどうしても

目覚めたら眠剤飲んで寝る、を繰り返していたので

水まで辞めることはできなかったけど

布団の中で

まるで世界中から馬鹿にされてる気になりながら

(実際、世界中の人は私に目もくれないのだが)

ひたすら眠る。

 

汚い話しだが

トイレは行くものの

シャワーも浴びず

ひたすら眠ろうとするばかりで

不思議と眠れるのだ。

お薬の効き目もあるだろうけど

それ以上に、体がもう、目覚めることを拒否するかのように

ただひたすら眠って

考えないこと

娘たちの顔を思い出さないように

さびしい

かなしい

くやしい

それらが一粒の眠剤に溶け込んで

眠らせてくれた。

冷やし中華ではありませんが

冷やかし程度の日記です。

 

2011年に亭主から独立。

二人の娘を育てながら夜勤で働き

『納税者に 俺は なる!』

と心で叫ぶ日々。

 

子どもたちが非行に走ったり

親離れしていくなか

取り残された寂しさ

 

『がんばってるのに…』

 

子らが見る親の背中は

夜勤帰りで寝ているすがた。

 

寝てばかり…というイメージしか

子らには残らなかった。

 

寂しい…

不良娘に困惑…

苛立ち…

悲しみ…

 

そこでふと繋がった昔mixiで友人だった人

電話越し、800km離れた地でやりとり。

 

「付き合ってくれないか」

 

不倫はいやです。独身になったら言ってください。

 

「わかった」

 

そうして3ヶ月後、独身となった男性と

初めて顔を見せにいく。

800km先の飛行場に向かう。

 

MISSION

飛行場で私を探してください。

 

mixiでは15年くらい前から知り合いだったけれど

顔も本名も知らなかった。

 

たまたまFacebookで相手が私を見つけ

messengerで通話したのは

親離れと反抗期の娘たちで寂しさと無力感に

車の中で泣いて居たときだった。

 

そこから1ヶ月ほど、数日おきに通話した。

交際の申し出はその頃だった。

でもまだ、彼には奥さんもお子さんも居た。

不倫だ浮気だ、っていうのは好きじゃない。

自分は絶対したくない。

ビデオ通話もしなかった。

 

だから彼と会う時は

初めて顔を見せる時になった。

 

私はFacebookで彼の顔を知っていた。

 

 

でも私はFacebookでも自分の顔は出して無かった。

彼は私の顔を知らないまま、飛行場で私を探すことに。

 

中年の恋。

 

 

 

彼はMISSIONをクリアした。

 

その後、わずか1ヶ月で

彼は800km離れた我が家へ。

 

その約1年後、入籍。

 

『反対もしないけど、賛成もしない』

という子どもたちは高校生。

 

自分たちは親離れして、なにかというと

ウザいだのなんだのと親を否定してきて

こっちは寂しい思いのまま日々働いて…

 

反対もしないのなら入籍しよう。

 

 

そのときは、まだ見えていなかった多くの問題のきっかけが

この入籍に潜んでいた。