(7)

 

 高校生の源出美は、土曜日の午後と日曜日の大半を浜嶋モータースで働いている。『看板娘』を自称する辺りは、先輩からの伝統をきちんと受け継いでいると言えるだろう。

「ああ、水碧(みどり)さん、いらっしゃい」

 彼女は来店した間中水碧に元気良く声をかけた。対照的に、水碧は覚束ない足取りでカウンターまで辿り着くと、へたり込むようにして椅子に腰を降ろした。いかにもしんどいという風情で肩で息をしている。

「いつものコーヒーでいいですか?」

「うん……」

 店長(マスター)直伝の、コーヒーを淹れる所作もすっかり板についてきて手際よく仕事をする出美を、水碧はじっと見つめていた。

「イキイキしてるな、出美」

「そりゃあわたし、新婚さんですもの」

 そう言って出美は朗らかに笑った。

「新婚ったって、ダンナの体は……アレだろ? お前らSEXとかどうしてんだ?」

「まあ、手もあれば口もあるので……って、いやだ、水碧さんっ! いきなりそんなことストレートにっ! あなたにはデリカシーってもんがないんですかっ!?」

 出美は赤面してそっぽを向いた。

「いや、わたしは真剣に訊いているんだ」

 言葉通り、水碧には冷やかすような雰囲気は微塵も窺えず、眼差しには悲痛な色さえ浮かんでいた。

「わたしは間もなく、今年の誕生日で百三歳になる」

「えっ、そうなんですか……」

 出美は返答にやや窮した。間中水碧には、およそ四~五百年もの長寿を誇るジトイラ人という地球外種族の遺伝因子が組み込まれているのだということは、出美も噂話程度には知っていた。生粋のジトイラ人である八代光とは比較にならないにしても、それでも百歳を超えるようには見えず、地球人の基準でいう七十代程度の容貌を保持している水碧に対して、どういう反応を示せばよいのか、見当もつかなかったのだ。

「かつてわたしは、仕事上だけでなく、男女の間柄としても、(滝口)義介にとって最高のパートナーだと自負していた……でも、今のわたしは、ただのしわくちゃのお婆さんだ……」

 水碧はぽろぽろと涙を零した。

「もう何の役にも立たない……」

「そんな……」

 出美はもらい泣きしてしまって言葉を失った。

「つい最近まで、わたしは見た目せいぜい四十代くらいにしか見えなかった。武闘派探偵・滝口義介の相棒として、格闘技においても、バイクや車での連携においてもバッチリ機能していた。しかし、ここ二~三年で急激に老け込んでしまったんだ。もうすっかりよぼよぼで、足手纏い以外の何物でもない……」

 水碧は両手で顔を覆った。

「相方と釣り合いが取れないってのは、本当に辛い……!」

「釣り合い……ですか……」

 出美は伏し目がちに呟いた。

「そういうことは、わたしも普段からよく考えています。わたしのカレも、凄い人ですから……わたしなんか相応しくないんじゃないかって……でも彼、わたしには側にいてくれるだけでいいんだって……腕に抱いているだけで、脳が安らぐって……たった一つだけ残った生身の部分の脳が……」

 彼女の瞳から音もなく涙の雫が零れ落ちた。

「義介もおんなじセリフを言うよ。『側にいるだけでいいんだ』って……だけどそれじゃあわたしの気が済まない……!」

「そりゃあ贅沢ってもんだ、言っちゃあ悪いが」

 不意に背後から声が聞こえてきた。

「あ、おやっさん、お帰りなさい」

 涙を拭いながら、出美は店長の金谷修造(かなや・しゅうぞう)を振り返った。

「私が店長になる前からの常連さんだからね、お二人さんは。普通はそんなに長くは現役ではいられない」

 金谷は、浜嶋平吉、藤宗太郎に次ぐ三代目店主である。昔から仕事で使うバイクをこの店で購入していた滝口と水碧は金谷のことを『おやっさん3号』と呼んでからかったりしたものだ。金谷自身も店長としては筋金入りの年季を誇る。齢八十歳を超えて尚元気に仕事に励んでいる。今日も新車を納品して帰ってきたところだった。

「気持ちはわかるが、仕方がないさ。だけど、側にいてくれるだけでってのは、嘘偽らざる本音だろうよ。私も女房を亡くして十四年……痛いほどよくわかる……そもそも、男と女の間柄は、SEXだけが全てじゃないしね……」

「それにしたって、義介は……と言うか、諌波衆は反則もいいところだ。全く年を取らないなんて……こないだも義介と手を繋いで歩いてたら、通りすがりのオバチャンに『お孫さんですか』って声をかけられちまってさ……本人に悪気はないんだろうが、胸にグサッと来たよ」

 水碧はいつまでも湿っぽい感情に浸っていられる性分ではないらしく、砕けた口調で呟いた。

「えっ、滝口さん、手を繋いで歩いてくれるんですか?」

 出美が色めき立った。

「よし、わたしも立にちゃんと要求しなくちゃ! 夫としての義務を果たしなさいって」

「ははは……」

 金谷店長は目を細めて笑った。

 

 

   (8)

 

 5号ファイター山野の活動は目下のところ、事件・事故・災害等の被害者の救出救援が主たる任務となっている。テロリストやその他の暴力的な犯罪者たちとの戦闘に及ぶことは稀である。

 今回は稀なケースの方である。テロスの改造人間・ドーラスからWEB版挑戦状とでも言うべき動画が公開されたのだ。

「マスターファイター・カーカス4号及び5号に告ぐ。私ことドーラス率いるテロス改造人間戦闘部隊は貴君たちに決闘の申し込みをするものである。日時は来る○月○○日正午、場所は◇◇県△△町沿岸部の埋立地。互いの戦士としての誇りを賭けた正々堂々たる戦いを所望する。返答や如何に。下部のフォームより送信されたし」

「勿論受けて立つさ」

 4号築山はそう言いながら既に返信用のテキストを入力し始めていた。

「お前にとっては、初めての本格的な戦闘になるわけだ、立」

 

 初めての戦闘で、マスターファイター・カーカス5号・山野立は惨敗を喫した。ドーラスは最初から山野だけを狙い定めていた。他の改造人間たちを4号築山の動きを封じるために総動員し、自らは山野との一騎打ちに臨んだのだ。

 とにかくドーラスは強かった。改造人間としての性能は山野と大差なかったが、戦闘技術とセンスがズバ抜けていた。山野の攻撃は悉くかわされ、それこそ赤子の手を捻るが如く軽くあしらわれた。切れ味凄まじい一本背負いで地べたに叩きつけられた衝撃で、山野のメカニカルな機能は麻痺し、止めのパンチを胸部に喰らって完全に無力化されてしまった。

「俺のKO勝ちだな。テンカウントの必要はあるまい」

 ドーラスは勝利の快感に酔い痴れたように肩を怒らせて傲然と笑った。

「野郎共、引き上げるぞ!」

 ドーラスの号令に従い、4号築山との戦闘で生き残った四分の一ほどの改造人間たちも大型の装甲車に乗り込んだ。

 

 その一部始終は、決闘場所に詰め掛けた野次馬たちによって撮影され、インターネット上に動画やレポートが拡散されることとなった。

──5号ファイター、弱えじゃん。

 大方のコメントはそうした結論や感想で締め括られた。弁解の余地はなかった。だが、山野立は俯かなかった。

「築山さん、特訓に付き合ってくれ」

 全身のメンテナンスが終了した彼はすぐさま先輩ファイターに言った。

「ほう、全然メゲてないな。今のお前では全く歯が立たない感じだが、どうするつもりだ?」

「う~ん……何となくヒントを掴みかけているんだが……」

「そうか……。お前は初っ端からいきなり壁にぶち当たってしまったわけだが、それでも、壁の向こうに何かあるような気がしているというのは、つまり、お前にはまだ伸びしろがあるってことだ。伸びしろのない者にとって壁は行き止まりでしかないが、潜在能力が眠っているのなら、目一杯背伸びして足掻いているうちに、いつしかその壁を乗り超えられるようになる。心配するな、立。俺はとことんお前に付き合ってやるさ」

「そうやって、築山さんも壁を幾つも突破してきたんだな。頼りにしてるぜ、先輩」

 

 数日後、築山と山野はドーラス及び改造人間軍団と再戦し、今度は見事に勝利を収めた。しかし、山野はドーラスを完膚なきまでに倒しておきながら止めを刺すことができなかった。

──マスターファイター・カーカス5号、見損なったぜ。とんだ甘ちゃんだ。

──ドーラスは改造人間なのだから、パーツを取り換えさえすれば、また破壊活動とか極悪非道を働くことができるようになる。もっと強力な装備をつけて暴れればどれほどの犠牲者が出ることだろう。

 SNS等の書き込みでは、5号ファイターに対する批判が相次いだ。

「無理だ、俺には」

 山野は顔を曇らせた。

「俺はサッカー選手として、常にフェアプレイを目指してきた。相手がどんなに汚いラフプレーを仕掛けて来ようとも、俺は決して報復をしないと、いつも自分に言い聞かせてきた。そりゃあ、人間だもの、カッとなってキレそうになることは幾度もあったけど、逆上して我を忘れたら負けだと、必死で感情を抑える努力を続けてきたんだ。マスターファイター・カーカスになった今、暴力で人を傷つける奴を許す気はない。でも、暴力に対して暴力で応じるのは、俺にはどうしても抵抗が……」

 歯切れ悪く呟いた彼は、地下の基地から店舗を抜けて外へ出た。バイクを少し走らせ、河川敷にあるサッカーグラウンドにやって来た。

 リフティングを始めた彼が蹴っているのは、特殊なサッカーボールだ。変身している時のベルトから放出されるエナジーボールにサイズも重さも感触も同一に作られているものであり、『カーカス・ファイナル・シュート』の練習用なのだ。

「おい、見ろ……」

「ひょっとしてあの人……」

 グラウンドに集まって来た小学生たちがそわそわと囁き合っていた。

「山野立選手……ですか?」

 その中の一人が勇気を振り絞って、山野に声をかけた。

「『元選手』だよ」

 いささか面映そうに答える山野。

「うわあっ! 本物だぁっ!」

 あっという間にサッカー少年たちに取り囲まれてしまった。いずれの児童たちも、憧れの色を湛えて瞳を爛々と輝かせている。

「だけど。山野さん、怪我で引退したんじゃ……?」

「リフティング超うめえ! 超スムーズ! どこも悪くないみたい!」

「実は義足なんだ」

 山野はいつも通りの“設定”を話した。

「飛んだり跳ねたり走ったり、普通にできるけど、すげーパワーが出せるんだ。見てろよ」

 山野は、反対側のゴールポスト目掛けて凄まじいシュートを放った。矢のようなスピードで飛んでいったボールはガーンと轟音を響かせてゴールを横倒しにし、そのまま跳ね返って同じ速度で山野のところへ戻ってきた。胸で受け止めた彼はリフティングを再開した。

「すっげー!」

 まだ声変わりもしていない少年たちから悲鳴にも似た喚声が上がった。

「な? もしも君らの対戦チームの中に一人、マスターファイター・カーカスが混じっていたらどう思う?」

「そんなのズルイよ! オレたち勝てるわけねーじゃん!」

「だろ? つまりそういうことさ。だから俺は引退したんだ」

「山野さん、ウチは近くなの? だったらオレたちにサッカー教えてくれないかな」

「監督やコーチがいるだろ?」

「だって、今年から新しい先生が監督になったんだけど、戦術に合わないってオレのこと試合であんまり使ってくれねーんだもん」

 いかにもチームの主力風の勝気そうな男の子が不満げに言った。

「おいおい、選手として現役でいられる時期は短いんだぞ」

 山野は苦笑いを浮かべた。偉そうなことを言うのは気恥ずかしかったが、サッカー少年たちの情熱を多少なりとも応援してやりたかった。

──やっぱり俺は、サッカーが好きなんだな……。

「監督と喧嘩したり逆らったりして出場機会を減らすなんて勿体ないじゃないか。選手なら、監督が提示する戦術をしっかり理解してそれを確実に実行できるようにいっぱい練習することと、たとえ必ずしも戦術に合わなくても監督に使いたいと思われるような選手になること、その両方で努力しなくちゃ駄目だぞ」

「う……ん……そりゃあその通りなんだろうけど……」

「でもみんな汚ねーんだ。ウチのエースのユウくんをよってたかって潰しにくるんだもん。監督に認められるような結果を出さなきゃいけないってのに」

「対戦競技で相手の邪魔をするのなんて当たり前だろ? それも選手の重要な仕事の一つだぞ。そして、邪魔されたからっていちいちカッカしてちゃ駄目だ。キレてファウルしてカードもらうなんてバカらしいだろ? いつでも冷静で感情的にならないこと、そして相手の妨害を巧みにかわすテクニックを磨かなくちゃ」

 山野はそこで肩を竦めた。

「とまあ、俺は今までずっとそうやって自分に言い聞かせながら頑張ってきた。テクニックなんてそんなすぐに上手くなれないし、カッカすんなって無理だろ普通」

「あー、やっぱ山野さんでもそうなんだー」

「そりゃあそうだよ」

 その後、監督がやって来て、少年たちの練習が行われるのを、山野は近くの土手に腰を降ろして眺めていた。彼はその監督のことを少し知っていた。二年前の天皇杯準々決勝で、あわやJリーグのチームに勝つかもしれないというところまで行った、地元・向日(こうじつ)大学サッカー部の選手だった男だ。新米教師らしくまだ若いが良い指導者だと思った。育ち盛りの子供は、ちょっとしたアドバイスで急激に上手くなることもある。そんな成長を目の当たりにするのは何だか心が洗われる気がした。

 ちょっとだけ良い気分になって、その場を離れたが、彼自身の問題は解決していなかった。

 

 夜。山野は自宅のベッドで“妻”出美と抱き合っていた。最近開発された人工皮膚は、近くで凝視して直に触れてみて初めて生身の肌との違いに気付くくらいに精巧なものとなっている。出美の小作りで可愛らしい手指がそっと彼の胸を撫でる。

「ああ……こうしているだけで本当に癒される……」

 山野は静かに吐息を洩らした。

「ありがとうな、出美……お前は俺の宝物だよ……」

「うふ……」

 微笑む出美の息が首筋にかかっても、以前のようにはくすぐったくない。すっかり変わってしまった。だが、何も変わっていない。二人の結びつきだけは、初めて結ばれた時と全く変わっていないのだ。

──あの時のことは、わたし一生忘れないわ……。

 気持ちが満たされるのを感じながら、出美は“夫”の心も満たしてあげたかった。

「悩みがあるのなら話してね。どんなことでも包み隠さずに……」

「俺は……マスターファイター・カーカスとして失格なのだろうか……? あのドーラスという改造人間を、俺は斃すことができなかった……」

「そうね……ネットの書き込みにもあるように、改造人間はパーツさえ取り換えれば何度でも復活できるわ。新たな被害者を出さないためには、完全に息の根を止めて殺さなくてはならない……その現実に、あなたの心は耐えられないかもしれない……」

「…………」

 山野は微かに震えた。

「殺人は紛れもなく罪深いことだわ……でも、わたしはあなたを許す……あなたの犯した罪を許した以上、わたしも同罪よ。わたしも一緒に地獄に堕ちてあげる……これからもずっと一緒よ、立……永遠に……どこまでも……」

 

 出美に許されたからというわけでもあるまいが、山野はそれ以降の戦いにおいて、敵に止めを刺すことを躊躇わなくなっていった。戦闘を重ねる毎に、彼は感情の動揺を抑えることに習熟していき、そしてやがて、マスターファイター・カーカス5号・山野立は、『非情の戦士』となった。

 

 

   (9)

 

 テロスのアジトを脱走して一月以上が過ぎても、仲木風香の心は死んだままだった。浜嶋モータースの地下にある一室で、彼女は日がな一日無気力にぼんやりしている。

「ふうちゃん、築山さんがケーキの差し入れしてくれたわよ!」

 出美が元気良く駆け込んできた。風香は皆から『ふうちゃん』と呼ばれているのだ。

「要らない……どうせ全部は食べられないし……」

 ソファに身を沈めた風香は虚ろに首を振った。改造人間にされてしまった彼女は、残された僅かな生体部分への栄養補給のためだけの最低限の消化機能しかないせいで、ペースト状のものしか食べられない。

「へーきへーき! 残りはぜーんぶわたしが食べてあげるから!」

 殺風景な部屋の薄暗さも吹き飛ばしてしまいそうなくらいに、出美はあっけらかんと明るかった。

「さ、行こ」

 出美に強引に手を引かれ、風香は物憂げに地下室を出た。

 店舗に入ると、カウンターで山野が冴えない表情で、ペン型のミニホ(スマホより更に小さい携帯端末、この時代にはペン型のみならず、バッジタイプ、ペンダント型、メガネタイプ、ヘアピンタイプ、ピアス・イヤリング型等々、身体に付けることができて、手で持ち歩く必要すらない。いずれのタイプも、視線で画面のスクロールやタップ等の操作が行えるし、指先や音声による支持も可能である)から映し出されるホログラムスクリーンを見つめていた。ホログラムスクリーンは使用者以外の者には角度的に閲覧は困難だが、後ろからなら少しだけ覗き見が可能である。出美がちらりと見やると、マスターファイター・カーカス5号の戦闘場面が動画で映し出されていて、それに対する様々なコメントが寄せられていた。

──これはちょっとひどいんじゃないか。これではまるで、市中引き回しの上獄門打ち首みたいな、とんだ晒し者ではないか。いかに相手がテロスの怪人であろうとも、ここまで過酷な処刑をされなければならないのだろうか。

──これだから素人は困る。こんな住宅地のど真ん中で、カーカスの必殺技を炸裂させたら何軒もの家々が破壊されてしまうじゃないか。だから、ワイヤーでふん縛って爆風による影響の出ない場所までバイクで引き摺って行ったんだろ。

──しかし、マスターファイター・カーカスに問答無用で処刑をする権利があるのか? テロスの改造人間にだって更生の機会が与えられるべきなのでは?

「全く勝手よね」

 出美は唇を尖らせた。

「止めを刺さなきゃ甘いって言うくせに、きっちり斃したら今度は惨いとか……立もそんなのあんまり気にするんじゃないわよ」

「そういうのはサッカー選手だった頃から慣れてるさ」

 言葉とは裏腹に山野は辛そうだった。出美にはわかっている。山野が気にしているのは批判ではない。敵の破壊活動を止めるためには相手を殺さねばならない。そのことが彼を苦しめているのだ。“非情の戦士”などと呼ばれるようになってはいたが、事実は“非情”とは程遠いのであった。敵の改造人間を一人斃すごとに彼の苦悩は増していく。

「あっ! 立さん居たっ!」

 自動ドアが開いて、数人の小学生が入って来て店内は急激に賑やかになった。

「おお、お前らもう練習は終わったのか」

 山野が寄って来たサッカー少年たちに声をかける。

──ナイス、子供たち! よくぞ来てくれた。

 出美は内心ほっとしていた。彼らのおかげで山野も気が紛れるだろうと期待したのだ。

「ちょっと男子! もう少し静かにしなさいよ」

 来店した小学生のうち何人かは女子だった。

「もー、男子ってどうしてあんなにガキなのかしら」

「まあ、女子の方が男子より早く大人になるからね。精神的にも肉体的にも」

 そう言ったのは、おやっさんこと金谷修造店長だ。

「あーでも、それは高校生も似たようなもんだわね」

 と、出美。

「体は大っきいけど、やんちゃというか無邪気というか」

「立さんも?」

 少女は興味津々といった風情で尋ねた。

「立さんも」

 出美はこくりと頷いた。風香は会話を聞いてはいるようだったが、全く無反応である。

「どうした、エース? 元気ないじゃないか?」

 山野はユウという少年に話しかけた。

「こないだの試合……審判がてんでデタラメでさ……なんか向こうのチームの贔屓してんじゃないかってくらいにさ……あんなのやってらんないよ……」

 ユウは忌々しげに口を歪めた。

「そりゃあ審判だって人間だからミスジャッジくらいあるさ。判定が偏ることだってある。だけど、逆にこっちに有利なミスジャッジをしてくれることだってたまにはあるわけだし、審判がいるスポーツで審判に文句言ってもしょうがないよ」

 山野は落ち着いた口調で少年にアドバイスする。

「どんなに判定に不満があっても、すぐに気持ちを切り換えてプレーに集中しなくちゃな。やる気なくして試合を投げちゃうなんて大馬鹿野郎だぞ。審判のせいで活躍できなかったとか、審判のせいで負けたとか、そんなの最低の言い訳だ。明らかにおかしな判定されても、感情的になってブチ切れたりしないように辛抱して、『ふん、次はもっといいプレーをしてやる』ってな感じで、クールにモチベーションを保っていくんだ。自分をコントロールできない奴は一流にはなれないぞ」

「……うん……わかったよ、立さん……」

 少年は頷いた。立とユウ、名前が似ていることもあって、彼はプレーの面でもメンタルの面でも、常に山野を強く意識している。その山野の言葉は、監督や両親の言葉よりも影響力があった。塞いだ気分も晴れたユウは、仲間たちの会話に加わった。

「う~ん……」

 それを見つめながら、山野は苦笑いを浮かべた。

「どうしたの、立?」

 出美が小首を傾げた。

「若い連中を見るとついつい先輩風を吹かせたくなっちまう……」

「まあ、そういうとこあるわよね、人間って」

「後から来る者たちに、少しでもいいから、何か役に立つことや意味のあることを残してやりたい……」