彼らの夜明け 補足と解説と余談 その①

 中崎沙耶は、京子ソレダドニアたちと対決するためにインストールした『ステルス』と、長沢士紀から『コピー・アンド・ペースト』した『ジャマー・ウェーブ』(純の『ストレージ』にバックアップ済み)を『デリート』した。『デリート』とは、エルケの母・クリスティアーネ・ヴィトリヒの特異能力で、魔女サイキがその昔『カット・アンド・ペースト』で奪い取ったものであり、持っている能力を文字通りデリート(消去)してしまう力だ。そして、空き容量のできた沙耶は、祖父・清和の霊視能力をインストールする。あくまで医師であり、攻撃的な能力を望まない彼女は結局、『コピー・アンド・ペースト』、『ヒーリング・パワー』、霊視能力の三つだけを保持することとなった。

 要するに、純の『ストレージ』と、その中に含まれる『コピー・アンド・ペースト』、『ダビング』、『カット・アンド・ペースト』、『デリート』等を用いることで、“怪物人間”や“怪物的人間”の特殊能力を空き容量の許す範囲内で自由自在に“コーディネート”もしくは“エディット(編集)”できるということなのだ。

 

 

 尾梶安男は結局、生涯独身を通す。恋人に不自由はしないが、あまり長続きはしない。瑞南渚の存在が彼の心から消えることはなかったのだ。しかし、基本的に仕事優先の人生であり、格別不満はないのであった。

 

 

 エルケの娘・ユリカは髪の色は栗色、瞳は紫がかった茶色、即ち沙耶と同じ色である。沙耶の娘・玲奈はそれよりも髪が黒っぽく、瞳も濃い茶色を帯びていて、より日本人的になっている。それ以外は、ユリカも玲奈も、顔立ちや体付きはやはり沙耶やエルケとそっくりである。

 『王家の娘』の証である『黒水晶』は、ドイツ近辺に住むヴィトリヒの魔女の長老たちがわざわざ日本まで来てくれることはないので(サイキがコニーを“喰らう”ついでに沙耶に授与したのは例外的事例)、ユリカと玲奈の耳朶にはついていない。

 霧島ありさと健作姉弟は小柄で目がくりくり。

 ユリカの特異能力は特にないが、空き容量は並みの能力者より多いので、インストールすれば五つ六つくらいの能力を駆使できるようになる。

 玲奈は『ヒーリング・パワー』。母・沙耶よりもそのパワーは強い。

 ありさはテレパシー。イメージや画像を相手の脳裏に送り込むことができる。余談だが、思春期になったありさが、ついうっかりエッチな画像を送信してしまい、ユリカや玲奈、健作たちと共に赤面してしまうなんてことも……。

 健作は『ファイアー』。指先や口から火が出る。大らかな性格なので普段はあまり怒らないが、いざ怒った時には、洒落でも何でもなく烈火の如くに怒る(いかる)。

 四人の子供達はいずれも特殊能力者で、尚且つヴィトリヒの魔法使いでもある。沙耶とエルケが自分の娘に魔法を教えているのを側で見ていたせいで、ありさと健作も全て習得してしまったのだ。ありさは沙耶とエルケから「あなたはれっきとしたヴィトリヒの魔女よ」と御墨付きまで貰ってしまう。

子供達の互いの呼び方

ユリカ:玲奈、ありさ、健ちゃん

玲奈:ユリ姉、ありさ、健ちゃん

ありさ:ユリ姉、玲奈ちゃん、健ちゃん

健作:ユリ姉、レナ姉、アリ姉

(玲奈はユリカの二歳下、ありさは玲奈の二歳下、健作はありさの二歳下)

 

 

 

   乙女心

 

 亜衣が看護専門学校に通っていた頃、時折、金井美沙や小野衣も立原邸で夕食を食べてから帰宅することがあった。そんなある日の食卓で、「昔の病院は消毒臭かった」という話になった。

「うちの母が父と結婚前に付き合っていた頃……」

 と、美沙が言った。美沙の母親も看護師(当時は看護婦と呼ばれていた)だった。

「デートの前には何度も何度も石鹸でゴシゴシ手を洗ったんですって。服や体も消毒臭くないかどうか、気になって仕方がなかったそうよ」

「わあ~……乙女心ねえ……」

 亜衣が頬を染めてうっとりしたように呟く。

「わたしの場合は、逆に清和さんが消毒の匂いをさせてると、いかにもお医者さんって感じでとっても素敵だなって思っちゃったわ」

 そう言って和歌子が笑った。

「若い頃の清和さんは、それはもうハンサムでカッコ良くて……」

「うわあ~、超オノロケ」

 衣がからかうようにくすくす笑った。

「ははは……もう半世紀も前の話さ」

 清和は苦笑した。

「そう言う和歌子ちゃんだって二十歳くらいの頃はすんごい美人さんだったのよ」

 亜衣は携帯を取り出して画像を表示させた。

「わー、ホントだ!」

 みなが感心して携帯の画面に見入った。

「亜衣ちゃんったら、わたしの写真をいつの間に……」

 和歌子は照れて肩を竦めた。

「うっふっふ……あたしゃ、ここにいる女子全員のベストショットをきっちり確保してあるもんねー」

 亜衣は得意げに鼻を膨らませた。

てなわけで、和歌子さんトゥウェンティ。と、若き日の清和医師。

 

 

   田中さんのお腹(巨乳自慢 2)

 

 田中ユリカ、十七歳、中崎玲奈、十五歳。既に二人とも母親のエルケ、沙耶と身長及びスリーサイズが同じになっていた。近所の人達からは「まるで四つ子だ」とよく言われる。

 ところがある日曜日、ユリカのバストが他の三人より大きいことが判明してしまったのだ。

「そりゃきっとあれよね」

 エルケが言った。

「パパの巨乳が遺伝したんだわ」

 そして彼女たちはケラケラ笑いながら、居間で寛いでテレビを見ているユリカの父・雄一を見遣った。しかし、彼女たちの視線は、自ずと彼の胸部(ぼい~んという効果音付き)から腹部(ぼよよ~ん)へと移動していく。

「……運動しよ」

 そそくさと庭へ出て行くユリカ。戸口で振り返った彼女は切羽詰った表情を浮かべていた。

「言っとくけどパパ! 『ぼい~ん』はともかく、『ぼよよ~ん』だけは遺伝しなくていいからね!」

「今更そんなの無理な注文よね……」

 エルケと沙耶と玲奈は苦笑した。

 

 

 

   亜衣さんその後

 

 恋人であったサイキと涙のお別れをした霧島(旧姓長沢)亜衣さんは、それ以後、新たな恋に巡り合ったのか?

 答えはNOです。

 結婚して出産子育てを体験したことで彼女は、長女・ありさと長男・健作という素敵な“恋人”が二人もできてしまったので、正直もうお腹いっぱいなのでした。

 かくして、霧島家は4人家族がいつもラブラブ&ハッピーなのでありました。

 

エルケと雄一の関係 Part2

 

 準デムヌーヤであるエルケが、どうやって人から奪うことなく、ヴァンパイアとしての“狩り”をすることなく、生命エネルギーをチャージしているのか?

 沙耶と純に関しては、沙耶が準デムヌーヤ、純はデムヌーヤと地球古来の吸血鬼のハーフであり、幼い頃よりお互いにエネルギーを与え合う最高の伴侶として生きてきましたので、何の問題もなく常に、心身共に良好な状態を維持しております。

 では、伴侶が普通人でしかないエルケは?

 

 実を言うと、夫の田中雄一氏は只者ではありません。『超絶福運男』の彼は、側にいる人を元気にさせるパワーを溢れさせているのです。雄一の抱擁は、エルケに十分な活力を注ぎ込むことが可能なのです。

 

 そして、もう一つ、重要な要素は、中崎家及び立原邸がある場所が、『イヤシロチ』に当たるということです。『イヤシロチ』は植物や動物の生育を活性化する電位に満ちており、生き物が健やかに暮らしていくための最適環境なのです。イヤシロチにいれば、デムヌーヤは生命エネルギーに対する飢えや渇きを感じにくくなるのです。

 そもそも、そういう土地だからこそ、純の父・立原充は定住するようになったわけですし。

 

 以上の理由により、田中エルケは、従姉妹の沙耶と同様に、最良の伴侶と良き住処に恵まれたお陰で、ヴァンパイアとしての飢餓や渇仰に苦しむことなく、日々を安楽に過ごしていられるのです。