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「まさか、あいつらがあれほど強いとは……」

 新しく調達した住居は、塀に囲まれた広い敷地の豪邸だった。そこの元からの住人は……二匹の魔族(ソレダドニアとリウシン)に合体融合されて“喰われた”……。

 大きなダブルベッドに寝そべった京子ソレダドニアが、頬杖をつく手の爪を噛んだ。

「俺達はもっともっと力を蓄えなくちゃならねえな、姐さん……」

 隣で胡坐を搔いて座る士紀リウシンも浮かぬ顔で俯いている。

「う~ん……あるいは、一旦日本を離れた方がいいかもね」

 姐さんの言葉に、相棒の返事はなかった。

「なんだかムシャクシャするねえ。……お前さん、憂さ晴らしに一発エッチしようかい」

 背中を擦るが、士紀リウシンは反応しない。

「お前さん……どうした、リウシンっ!?」

 京子ソレダドニアは上体を起こして彼の顔を覗き込んだ。

「つっ……!」

 手で押さえた士紀リウシンの左目からどす黒い血が溢れ出して、ぼとぼとと胡坐を搔いている下腹部を汚した。

「お前さん……そんな……切り離したはずなのに……アルマンドのカルマが伝染しちまったのかい……?」

 京子ソレダドニアがうろたえたように唇を戦慄かせた。

「ううっ……こいつは奴のカルマなのか……うぐぅっ……! 痛えっ!」

 士紀リウシンは両手で患部を押さえながらベッドの上で藻搔き苦しんで暴れた。

「おお……お前さん……痛いかい? 苦しいかい?」

 京子ソレダドニアは士紀リウシンに取り縋っておろおろしている。

「こうなったら……仕方ないね……」

 彼女に抱きすくめられた士紀リウシンの身体が半液状にどろどろと溶け出し、京子ソレダドニアの体内に吸収されていった。

「ひとまず緊急避難だ。あたしの中に入っといで」

 だが、京子ソレダドニアも呻き声を上げた。

「あうっ……! こりゃあ凄まじいわっ……!」

 彼女の左目の辺りからも黒いモヤモヤが滲み出して漂い始めた。

「でも、お前さんとあたしの両方の力を合わせれば何とか抑え込めそうだね……」

 びっしょり汗を搔いた京子ソレダドニアは震える吐息を漏らした。ベッドの側にあるドレッサーの鏡を見ると、左目の周りが痣のようにやや黒ずんでいる。

「まあ、この程度なら化粧とサングラスで誤魔化せるか……」

 彼女は幾度も顔の向きを変えて確認した。

「それにしても恐ろしいもんだね……」

 京子ソレダドニアは額の汗を手の甲で拭いながら、鏡に映った自分の顔に話し掛けた。

「幸運とか良縁とか好機とかってやつは、いくら望んでもちっとも手に入らないのに、こんなありがたくない嫌な因子だけはいとも簡単に伝染しちまうんだから……ほんとに敵わないねえ……」

 ドレッサーの椅子から立ち上がる。

「これじゃあ、中崎沙耶の一味と遣り合うのは当分無理だね……やっぱりしばらくの間日本を離れることにしよう……」

 

 

 

   終章

 

 その後は、拍子抜けするくらいに平和な日々が続いた。田中雄一・エルケ夫妻の間に生まれた子はユリカと名付けられた。その二年後、沙耶と純にも娘が生まれた。名前は玲奈(れな)。

 高校卒業後、看護専門学校を経て看護師となり中崎内科医院で働き始めた亜衣は真作と結婚して、二児を儲けた。第一子・長女ありさ、第二子・長男健作(けんさく)。

 そんな具合に家族も増え、彼らは穏やかで幸福な暮らしを送っていた。先行きにどんな事件が待ち構えているかは予想もできないが、皆で力を合わせて解決していく決意と覚悟は常に彼らの胸の内にあった。

 

 

 

 ところで、闇の眷属たちの間では、中崎沙耶とその仲間達が『イニシエのオロチ』を圧倒的な強さで撃退したという噂が広がっていた。実際には、「『イニシエのオロチ』よりも遥かに劣る京子ソレダドニアと士紀リウシンのコンビ──敢えて呼ぶなら『イニシエのオロチもどき』と言ったところか──を既(すんで)の所で取り逃がした」に過ぎないというのが真相なのだが、どこをどう尾鰭が付いたのか、そんな噂話が真しやかに喧伝されることとなってしまったのだ。

 それほどまでの力を持つ彼らを合体融合で取り込むことができれば途轍もなく強大な存在になれる、と、闇の眷属どもは挙って胸算用をし始めた。迂闊に手出しできる相手ではないが、いずれそのうち……、と。

 かくして、沙耶たちは相も変わらず、魔族たちにとって魅力的な獲物であり続けた。

                              (終)