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 サイキ・ヴィトリヒは夜の街を漂うように滑空するように彷徨っていた。今宵の恋の相手を探して。

 いかにも遊び慣れていそうな色男、実直なサラリーマン風のスーツの伊達男、それとも体力自慢のマッチョな男……だが、彼女の目に留まったのは、十代と思しき少女だった。

──あ……あの子……キラキラしてる……。

 サイキはそんな印象を持った。目映く輝くオーラに満ち溢れた美少女……サイキが見惚れていると、少女が真っ直ぐ歩み寄って来た。

「あなたが魔女サイキね」

 少女はにっこり微笑んだ。

「え? 何故知ってるの?」

 サイキは驚いたが、警戒する気は起きなかった。少女が身に纏う空気には害意の欠片も感じられなかったからだ。

「沙耶ちゃんから大体の話は聞いてるわ」

 そして少女は自己紹介する。

「わたしの名は長沢亜衣。沙耶ちゃんの身内だから、あなたとは敵同士ってことになるのかしらね」

 亜衣はますます魅惑的な笑みを浮かべた。

「でも、敵同士だからって、恋に落ちてはいけないってことにはならないわよね」

 少女が差し伸べた手を、サイキは夢中で摑まえた。

「わかってる。あなたも“両刀使い”でしょ、サイキ?」

 繋いだ手からえも言われぬ心地よい波動が流れ込んでくる。一瞬にしてサイキは亜衣に心を奪われていた。

「偶然出逢った相手がサイキだったなんて、これはきっと運命ね」

 二人は寄り添いながら歩き出した。

 

 

 

「ああ……すごい……まだ体の奥がジンジン痺れてる……」

 宿泊先の高級ホテルのベッドの上、全身汗塗れになりながらサイキは仰け反って艶めかしい吐息を漏らした。

「でも、どうしてあなたはわたしの体のこと、そんなによく知ってるの?」

 枕に顔を押し付け、流し目に亜衣を見る。

「エルケとエッチしたことがあるから……あ、たった一度、たった一度だけよ」

 サイキの瞳に嫉妬の色が浮かぶのを逸早く察した亜衣は、すぐに宥めるように付け加えた。

「エルケにはその一回こっきりであっさり振られたわ。やっぱりダンナの方がいいんですって。……まあ、おかげでいい予行演習になったけど」

「そんなに似てるの、わたしとエルケって?」

「似てるどころか、性感帯の位置も“イク”タイミングも全くおんなじなの」

「あらやだ……」

 他に言いようがなかった。

「感度がよくて締まりがよくて、指一本入れただけで付け根が痛くなるくらいキッツキツ……男を虜にする魔性のカラダね」

 亜衣は小作りな手をサイキの肌に這わせた。

「ああ……また……あなたの手ってどうなってるの? 触れられただけで凄く気持ちいいんだけど……?」

 サイキはゆったりと和やかな表情で愛撫に身を任せた。

「ヒーリング・パワーよ。それプラス『ブースター』っていうのがわたしの特異能力なんだけど。威力や効果を倍増させるの。自分のだけじゃなくて、わたしがタッチした相手の能力もね」

 亜衣はサイキの上に覆い被さった。

「もっとイイ気持ちにしてあげたい……!」

 

 

 

──ああ……流れ込んでくる……!

 大量のヒーリング・パワーが注ぎ込まれ、サイキは気が遠くなっていった。脳裏が眩しい光で溢れ、白熱し、灼熱し、沸騰して蒸発した……

 

 

 意識を取り戻した時、サイキ・ヴィトリヒは大いなる変貌を遂げていた。

「これは……! これは一体どういうことなのっ? わたし……完全に別の生き物になってしまったみたい!」

 両手を見つめ、全身を眺め回した。

「若返ってる! わたし若返ってるわ!」

 驚きと興奮のあまり、愚かしくも同じ言葉を繰り返してしまう。サイキはベッドから飛び降りてバスルームへ駆け込んだ。鏡に映る自分は二十歳前後の瑞々しい娘だった。変貌前の彼女は既に八百年以上生きてきて、体は徐々に老化が始まっていた。皮膚のたるみや小皺などを誤魔化しきれなくなっていたのだが、それがきれいさっぱり解消されているではないか。

「ほんとだ。肌もすべすべで……」

 後ろから亜衣が抱きすくめる。

「おっぱいなんてもうはち切れそう……これで沙耶ちゃんやエルケと完っ璧に同じになったわね」

「これが……これが噂に聞く“半霊半物”というやつなのね!」

 くるりと振り返ってサイキは亜衣を抱き締めた。

「あなたの『ブースター』付きのヒーリング・パワーがわたしを変えた! なにもかもあなたのおかげよ、亜衣! ……ああ、亜衣! あなたはまさしく、わたしのラッキーガールだわ!」

 サイキは亜衣の頬と言わず唇と言わず、何度も何度もキスをした。

「亜衣……亜衣……これからもずっとずっとわたしの恋人でいてね……!」

「勿論。……でも、サイキ、わたしの方からもお願いがあるんだけど」

「何でも言って!」

「沙耶ちゃんとエルケのこと、虐めないでほしいの」

 亜衣は鼻と鼻をくっつけ合いながらサイキの目を真っ直ぐ覗き込んだ。

「あら、そんなこと?」

 サイキは拍子抜けしたように肩を竦めた。

「そう言えばわたし、日本へ来たのはそれが目的だったのよね……二人を思い切りいたぶって、存分に苦しめた上で命を搾り取る……そんな悪趣味なこと、本気で考えていたんだわ……なんだか信じられない気分……」

 サイキは両手で亜衣の頬を撫でた。

「安心して、亜衣。わたし、身体が変化したら気持ちまで変わってしまったみたいよ。ついさっきまで、なんであんなに餓えて渇いていたのか、今となっては全然思い出せないもの。もう人の命を奪い取って自分の若さにする必要なんてないし……約束するわ、亜衣。もう金輪際あの子たちに手出しはしないと」