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その夜、立原邸のダイニングには家族が全員揃っていた。今や総勢九名の大所帯である。その顔ぶれは、中崎清和・和歌子夫妻、中崎沙耶・立原純夫妻、尾梶安男、霧島真作、長沢亜衣、エルケ・ヴィトリヒ、田中雄一。
「ところで雄一くん」
食事中に安男が尋ねた。
「証券会社に勤める友人がいるって言ってたよね?」
「うん」
雄一は頷いた。
「実は、うちの御得意さんに大金持ちがいてさ、どこかいい資産運用先を紹介してくれないかって頼まれてるんだけど。何かオイシイ話とかない?」
安男は株式会社『何でも屋福善商店』社長である。
「ふむ……別段オイシイ話でもないけど……」
口に入れていた御飯をよく噛んでからゆっくり飲み込んだ後、雄一は熱意のある口調で話し始めた。
「その友人と二人でかねてから暖めてきたアイデアがあるんだ。投資家と起業家の橋渡しをするようなビジネスを新規で立ち上げられないかってね」
「それは君達が新しくそういう会社を作るってこと?」
安男も興味深げに耳を傾ける。
「そう。でもまあ、資金が全然ないからね、はっきり言って必ずしも現実味のある話じゃないんだよな」
「それじゃあ、出資者さえいれば起業できるかい? つまり、君達自身が起業家第一号ってわけだ」
安男がぐっと身を乗り出す。
「いやまだ、具体的な準備は全然さ。何しろコレがないんでね」
雄一は手で『お金』のサインを作って見せた。
「準備はまだでもアイデアはあるんだろ? それを聞かせてもらえないかな?」
「起業家の募集はネットでいいと思うんだ。実現性の有無は度外視して、単なるアイデアだけでもいいとする。その中で良さそうな案件があれば投資家に紹介する。投資家が気に入れば金を出す……大雑把に言ってそんな感じだね」
「出資を受けて起業したビジネスが大化けすれば、投資家にもガッポリとリターンが見込めるってわけだな」
「まあ、夢を買うというだけなら、金を捨てるつもりで出資するなら、それだけでもいいんだろうが、仮にそのビジネスがうまく行ったとしても、そんな美味い話が都合よくゴロゴロと次から次へと湧いて出て来る筈がないんだから、それ以外にも財テクっていうか、資産を増やすシステムを確立する必要があると思ってるんだ」
雄一の口調も表情もゆったりと落ち着いていた。
「数が少ないからこそ“金の卵”であり、何年に一度、下手をすれば何十年に一度しか生まれない“金の卵”だけではとてもビジネスとしては立ち行かないよな」
安男が頷く。
「その通り。だから、優秀なファンドマネージャーやディーラーとかを確保して、投資家の資金を回して毎月毎年着実に利益を出して行くということも、本業と同時並行して行わなくてはならないんだ」
「そういう人材には、当然心当たりがあるんだろうね?」
「ああ。証券会社の友人……梅谷(うめたに)って奴なんだけど、そいつの知り合いに腕の立つ猛者が何人かいるらしい。それでもって、条件さえよければヘッドハンティングに応じる気はいつでもあるってさ」
「じゃあ、はっきり言って、新規に起業家を育てるって方はおまけってことになるのかな?」
安男は小首を傾げて雄一を見た。
「いや、看板はあくまでそっちがメインだ。『投資家と起業家の橋渡し』、これだけは絶対に外しちゃならないと思ってるよ」
雄一はきっぱりと答えた。
「わかった。それじゃあ、その梅谷さんも含めて会合を持とうじゃないか。手配して時間を作ってほしい」
「了解」
その後、とんとん拍子に話が進んだ。雄一が持ち込んだとある起業家のアイデアが安男の得意先の資産家の興味を引き、出資が決定した。
大胆不敵というか、向こう見ずと言うか、田中雄一は営業マンとして勤務していた印刷会社を、その友人・梅谷利裕(としひろ)は証券会社を、何の未練気もなく退社してしまい、(株)『福善』の投資事業部の部長と副部長に就任した。同時に、エルケと雄一は入籍を済ませた。
更に、「ごめんなさ~い、わたし人妻で~す」という可愛らしいスマイルの映像で一躍有名になった『ベラ・グループ』八代梨花CEOが株式会社『何でも屋福善商店』を訪れた。
「あらっ!」
八代CEOはたまたま事務所にいた立原純を見て目を丸くした。
「立原先輩って、こちらにお勤めだったんですか!」
「えっ?」
純は驚いて梨花を見つめた。
「実はわたし、鑑原高校の卒業生で、立原先輩の二年下です。立原先輩と中崎先輩は校内でも一二を争う美形カップルで有名でしたから」
「えーっと……有名だったのかなあ、オレたち……」
純は頭を掻いた。
「だから先輩がわたしのこと御存じなくても当然ですけど、でも、わたしの夫が八代光だとお聞きになれば、ひょっとして光のことは覚えていらっしゃるかもしれませんね」
「ああ!」
純は頷いた。彼が高校三年の時に新入学生として入ってきた八代光が普通の地球人ではないことは気付いていた。殊更に接触を持つことはなかったが、お互いに意識はしていた。
「やっぱり御縁があるってことなんでしょうね」
梨花はしみじみと呟いた。
その日のミーティングにおいて、(株)『福善』が『ベラ・グループ』の傘下に入り、雄一を部長とする投資事業部がグループ全体の投資部門や資産管理の中核を担うことが決定した。それ以降、もともと『福善』の顧客となっていた投資家と『ベラ・グループ』にゆかりのある資産家たちも引き合わされ、一年足らずで次々と新たなビジネスの提携が進展していった。
やがて、運用を任される資産の規模も莫大なものとなり、(株)『福善』投資事業部はグループ内でも有数の稼ぎ頭となった。
「不思議なものでさ」
立原邸での夕食時、安男が言った。
「お金持ちの中には単にお金だけじゃなくて、豊かな福運の持ち主って結構いるんだよな。そういう人達って他の福運をたくさん持ってる人をいつの間にか呼び寄せるんだ。そして、そんな出会いによって合わさった福運はいとも簡単に増えていく。ヴァンパイアや魔術師がどんなに能力や知識を奪い取ることができても、福運だけは絶対に奪えないというのに、福運同士は簡単に掛け合わされてどんどん増えて大きくなる。どんどん豊かになって、周りの人々を幸せにしてくれるんだ。本当にありがたい話さ」
「うちの看護師の美沙くんと衣くんにも充分な給料が支払えるようになったしね」
清和が微笑んだ。
「大病院の看護師長クラス以上の金額だって、二人ともびっくりしてたわ」
沙耶も笑った。
「雄一くんが持ってきた話がここまで大きく発展するとは正直驚きだよね」
と、純。
「オレもびっくりしてるよ」
雄一は肩を竦めた。
「アイデア自体は取り立てて珍しくもなかったんだけど、何故か有力なスポンサーが次々現れてくれて、それこそ福が福を呼んだ感じだもんな」
「雄一くん自身が福の神だったりして。エルケもいいダンナ見つけたわね」
亜衣が半ば冷やかすように、半ば賞賛するように言った。
「んふっ、ありがと」
エルケは心底嬉しそうに誇らしげに頬を染め、笑いながら隣に座る雄一の腹の辺りをぽんぽんと叩いた。
「見た目も福々しいしね」