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 二日後、瑞南渚の葬儀が彼女の実家で執り行われた。隣の県にある瑞南家まで、安男のワゴン車に中崎家の人々六名が乗り、運転手は純が務めた。

 この二日間、彼らは悲しみに沈んでいた。それでも、日常生活はいつも通りに行われていく。沙耶は帰宅したその日は休んだが、翌日は医院に出勤した。渚が亡くなって看護師が不在となったため、清和院長だけで診療をこなすのは困難だったのだ。

 そして、更に翌日となる本日、中崎内科医院は休診にして、皆で葬儀に向かった。遺影には看護師姿の渚の写真が使われていた。いかにも渚らしい優しい笑顔だった。

 読経、焼香の後、生花を供えて最後の別れをする時、沙耶は嗚咽を堪え切れず、渚の頬に触れながらその場に崩れそうになった。

「渚ちゃん……渚ちゃん……!」

 純が彼女の身体を支えながら歩かせる。その後ろ、安男が渚の亡骸を無言で見降ろした。気丈に振舞ってはいたが、次から次へと溢れ落ちる涙が止まらない。

 

 

 火葬場の控え室、渚の両親、瑞南夫妻がやって来た。

「御挨拶が遅くなりました……。中崎医院の皆様には本当に家族同然に良くして戴きまして、娘もいつも感謝の言葉を口にしておりました」

「御丁寧に……恐れ入ります」

 お互いに深々と頭を下げ合う。

「最近になって娘が、『好きな人ができた』と申しておりましたが……」

 母親が安男に話し掛けた。

「それはあなたのことだったんですね」

「はい……尾梶安男と申します」

「何か……形見になるような物をお渡しできればと思いますが……いかがでしょうか……?」

「は……はい……お願いします……」

 安男の顔がくしゃくしゃに歪んだ。

 

 

 

 瑞南夫妻が他の親族のところへ移動した後、沙耶は少し離れたテーブルに座っている長沢亜衣に近付いた。亜衣は諌波探偵社の鈴木社長及び山下佐知恵に連れられて葬儀に参列していた。

「亜衣さん……あっちでちょっとみんなと話さない?」

「え……」

 亜衣はたじろいだような怯えたような表情で身を竦めた。

「大丈夫。あなたには二人のボディーガードがついてるんだもの。心配しないで」

「大丈夫よ、亜衣ちゃん」

 山下佐知恵も口添えしてくれた。三人は沙耶に続いて、飲み物を持って皆のところへ移って来た。

「やあ、サッチー、普段はグレーのスーツが多いけど、黒い服も色っぽくていいねえ」

 安男が笑って言った。努めて明るく振舞おうとしているのが明らかだった。

「半纏を着ていない安男くんも新鮮ね」

 佐知恵も笑顔で応じる。

「……それでね、亜衣さん……」

 しばらくして沙耶が口を開いた。

「あなた、今後の暮らしとかはどうするつもりなの?」

「今住んでるアパート、家賃は兄が払ってたんですけど、あんなことになってしまったので、もう……。どうせ悪いことして稼いだお金だから、とっても後ろめたかったし……」

 亜衣はぽつりぽつりと語った。

「これからのことは……学校を中退して働きに出なくちゃいけないかなって思ってます」

「何年生?」

「二年です」

「じゃあ真作と一緒ね」

「はい。クラスは違うけど、廊下でよく見かけます。ああ、この人も特別な力のある人なんだなって感じてました」

「しかし、ウチの高校って、何十年も制服変わってないな」

 と、亜衣のセーラー服と真作の詰襟を交互に見比べながら清和が呟いた。

「ほんと、ずっと同じね。沙耶ちゃんや純くんの時にも言ったけど……」

 和歌子も頷く。

「二人とも鑑原(かがみはら)?」

 真作が尋ねた。

「普通そうだろ?」

 中崎老夫妻が笑う。

「普通そうですよね」

 純も笑った。地元の中学生の大半が、特別な志望校でもない限り鑑原高校へ進学するのが一般的であったのだ。

「でもやっぱり高校くらいは出ておいた方がいいわ」

 沙耶が話を続ける。

「よかったらうちへ来ない? 広いお家でね、まだ空いている部屋があるの」

「えっ? でも……」

 亜衣は口籠もった。

「遠慮は要らないわ。こちらにはこちらで、“力”のある仲間が一人でも多く欲しいなんていう打算もあるのだからね」

「それに俺達」

 安男が付け加える。

「可愛い妹が欲しかったもんな?」

「うん。妹、欲しかったんだよ」

 しきりに頷く純。

「……だって……兄があんなひどいことを……あたしの顔なんか見たら嫌なこと思い出して気分が悪くなるんじゃ……」

「俺はならないよ」

 安男がきっぱり言った。

「第一きみ、お兄さんと全然似てないじゃないか」

「でも……」

 亜衣は俯いた。

「いつまでも泣いてばかりいても、渚は喜ばないしな……」

「うう……ごめんなさい……ほんとうに……ごめんなさい……」

 大粒の涙を流しながら、亜衣は何度も何度も謝った。中崎家の人々も泣いた。この日ばかりは、人前で涙を見せることを恥じる者は誰もいなかった。