(初出:2012年9月24日)
実は半年ほど後に完成形を執筆したのですが、これはこれでまあ、「なかなか」なので、一応ブログにアップしておきます。
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改造人間ラミビーナ1号・2号こと、本中楽美(らみ)と林みみなは、意を決してテロスからの逃亡を企てた。そして、とある伝手を頼りに、諌波探偵社に駆け込んだ。探偵長の山下佐知恵は、早速二人をホテルに匿った。新しい身分証明書や住居の手配が完了するまでの潜伏場所である。
諌波衆は二十歳前後の肉体年齢を維持し続けることができるため、十九歳のらみと十七歳のみみなは佐知恵を同世代と思い込み、すぐに打ち解けた態度になった。
「なんだよ、サッチー、もう帰っちまうのかよ?」
らみが男言葉で言った。
「泊まっていけばいいじゃない、ね?」
みみなは人懐っこく両手で佐知恵の腕を抱え込んだ。
「まあ、いいけど……」
彼らの食事には佐知恵もいささか驚いた。改造人間と言えど生体部分への栄養補給は欠かせないが、食材を全てペースト状に練り合わせなくてはならないのだ。材料自体は市販されているもので間に合うが、調理過程がなかなか大変だ。三人がかりでみじん切りにしたりすり潰したり攪拌したり、きゃいきゃいと大騒ぎだった。
「思いのほかイケる……」
出来上がったものを味見した佐知恵は目を丸くした。
「サッチーの分はルームサービスで頼んでね」
と、みみな。
「私らでも食べれるの、あるかもしれねえしな」
らみも頷いた。
食事の後は入浴だ。佐知恵は目のやり場に困った。二人の身体は、胴体部分がまるでロボットみたいで、女性の肉体にあるべきものがなかった。それでもらみとみみなは屈託がなかった。三人で背中を流し合い、浴槽に並んで浸かった。
「サッチーの肌、メチャメチャきれいだな」
「ほんと、赤ちゃんみたい」
「ひえええっ! そんなとこ触らないでっ!」
二人は持参したパジャマを着用した。
「ねえ、浴衣着ない?」
かつて着物や浴衣が普段着だった時代から生きている佐知恵は提案した。
「着方を教えてあげるから」
「やだー、面倒臭いー」
みみなが唇を尖らせた。
「それに、寝乱れた姿にムラムラ欲情しちゃったりしたらヤバイわよ、女同士でさぁ」
みみなは意外と語彙が豊富だ。
「『寝乱れた』だなんて、なかなか文学的な言い回しじゃないの」
感心して佐知恵が言った。
「みみなをナメんなよ、サッチー。まったりした性格と喋り方のせいで頭のトロイ女だって勘違いするヤツがいるけど、コイツは本をいっぱい読んでて難しい言葉も結構知ってるんだぜ」
らみは得意げに言った。
「そう。えらいわ、みみなちゃん」
「うふーん」
みみなは身体をくねらせて照れ笑いをした。
「お前もこれ着ろよ、サッチー」
らみがパジャマを押し付けた。二人と同じ柄のパジャマだ。三人とも背格好が同じなのでサイズは全く問題ない。
「失敗したなー。シマシマで囚人服みたいだね」
みみながけらけら笑った。
大きなダブルベッドに三人は潜り込んだ。手を繋いでいてくれなければ眠れないとぐずるみみなを両側かららみと佐知恵が手を握ってやると、あっけなくみみなは寝息を立て始めた。
「もう寝ちゃった」
「私はコイツのことがさ……」
らみは空いている手でみみなの額を撫でた。
「可愛くて可愛くて仕方がねえんだ。だから、みみなを泣かす奴は絶対に許さねえ……!」
口元をきゅっと引き締めたらみは、すぐに表情を緩めて佐知恵を見た。
「それにしても、サッチー、お前もすっかりコイツに懐かれちまったな」
「ふふふ……素直ないい子ね」
「私にもしものことがあったら、みみなのこと、頼むぜ、サッチー」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ」
だが、らみの危惧は現実のものとなったしまったのだ。テロスの追っ手が迫ってきて、観念したらみはみみなを逃がすために自らの命を犠牲にした。大切な人を失い、みみなは悲嘆に暮れた。
身分証明書が出来上がり、みみなはホテルからマンションへ移った。必要なくなってしまったらみの顔写真付き身分証明書も、みみなは肌身から決して離そうとしなかった。そして、いつまでも泣き続けている。佐知恵はみみなのことが心配だったが、どうしても外せない仕事があって探偵事務所に戻らなくてはならなかった。用事を済ませるなり大急ぎでマンションへ駆けつけると案の定……。
「きゃあああっ、みみなちゃん!」
窓際の小部屋と居間を仕切る壁の天井側にある小窓から吊るした紐を首に括りつけたみみながだらんとぶら下がっていた。
「お帰り、サッチー……」
ぶらぶら揺れながらみみなは擦れた声で囁いた。
「あの……降ろしてもらっていい……?」
佐知恵がみみなの身体を持ち上げると、緩んだ紐をみみなは自分で解いた。
「なんてことするのよ、ばかっ!」
佐知恵は泣きながら叱りつけた。
「うええーん……! 改造人間ってなんで死なないのよぉー」
みみなも泣きじゃくった。
「首吊りも駄目、ガスも駄目……」
「ガス?」
佐知恵は悶絶して床に倒れ込んだ。
──どうりでさっきから臭いと……。
「きゃあっ、サッチー! 死んじゃだめっ!」
みみながびっくりして飛び上がった。
「窓……開けて……窓……」
佐知恵はかろうじてそれだけ口にした。みみなは窓を開け放った。
──諌波衆じゃなかったら、わたし死んでたわ……。
げほげほ咳き込みながら、佐知恵は外の空気を必死で吸った。
「窓から飛び降りたら死ねるかな……?」
思い詰めた表情でみみなはベランダから下を眺めている。
「だめっ! 絶対にだめっ!」
ガスの元栓を締めていた佐知恵は全力疾走してみみなに飛びつき、しがみついて止めた。
「連れてってあげるから! らみちゃんに会わせてあげるから!」
「えっ? そんなことできるの?」
みみなはくるりと振り向いた。
「なぁんだ、もー、早く言ってよ、サッチーの意地悪ー」
佐知恵の両肩をぽんと叩いた。
「本当はこういうことあんまりしちゃいけないのよ」
佐知恵は浮かない表情で呟いた。
「サッチーって、魔法使いなの?」
手を繋いで歩きながら、みみなは周囲に広がる不思議な光景をきょろきょろと見回した。
第一、第二の扉を抜けると、そこは豊穣な生命に満ち溢れた光の海だった。
「わー、きれい……」
みみなは喚声を上げた。
「あっ、らみちゃーん!」
らみの姿が浮かんで見えた。
「あっ、ばか、お前! こっちに来ちまったのかよ?」
らみは罰の悪そうな顔をしてみみなを見た。
「わああーん! らみちゃんのばかばかばかぁっ!」
みみなは駆け寄って抱きついた。
「ずっと側にいてくれるって約束したじゃない!」
「わかったわかった! もう二度とお前を独りぼっちにはしねえよ!」
らみもみみなを抱き締めた。
「わっ! らみちゃん、乳房(ニューボー)が復活してるよっ!」
みみなはらみの胸の膨らみを覗き込んだ。
「お前もだろ?」
「あはっ。うわぁーい!」
みみなははしゃぎながら、たわわに揺れるその重みと感触を両手で確かめた。
「じゃあ、わたし、らみちゃんと行くから……」
みみなは佐知恵を振り返った。
「いろいろごめんね、サッチー……」
らみとみみなは手を繋いで歩き出した。
「世話になったな、サッチー」
「じゃーにー」
二人の姿が光の中に吸い込まれるようにして消えた。手を振りながら見送る佐知恵の目にも涙が光っていた。
──これでよかったのだろうか……?
笑顔で別れはしたものの、佐知恵の胸中には切なさが残った。
(終)
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それでは、完全版、御覧下さい。