「話すことなんてないから」

「話してください」


「話して何になるの?」

「私が全部受け止めて幸せにします」


なんでそこできっぱりと言い切るわけ?


「私はあなたと幸せになりたくない」

「私は渡邉先輩と幸せになりたいです」


"私、理佐といる時が1番幸せ、このまま時間が止まればいいのにね"


蘇ってほしくない記憶が蘇る

このまま平手さんと同じやり取りを繰り返すと、また辛い過去を蘇らせることになりかねない

もう全部、話してしまおう

きっと平手さんも聞いたら諦めてくれるはず


「何が聞きたいの?」

「まずは病気のことが知りたいです」


一緒に研修していくなら話すしかないか…

もし再発したり、症状が出たら話さなきゃならないのは同じだし


「私は1年前くらいに激しい目眩で意識を失ったの」

「なんの病気だったんですか?」


「脳出血」

「それは大変でしたね」


「頭痛と目眩、記憶障害が酷くて苦労したけど、ちゃんと治療して今は落ち着いてる」

「記憶障害は何か忘れたりしたんですか?」


「何を忘れて、覚えてるかははっきりしてない。途切れ、途切れだから。思い出した記憶もあるし、忘れた事すらわからない記憶もある」

「全部を忘れて、思い出してるわけじゃないんですね?」


「思い出そうとして思いだせるわけじゃないから。急に思い出したり、突然記憶からなくなったり、規則的ではなかった」

「苦労されたんですね」


「こんな状態だから私に幸せになる価値も資格もないの。平手さんも私じゃなく他の人を見つけて」

「私は渡邉先輩じゃなきゃだめなんです」


「どうしてそんなに私にこだわるの?」

「好きだからです。本気で好きだから他を見つけてって言われても簡単に切り替えなんか出来るわけないです」


「あとまだ話してない話があるの」

「なんですか?」


「この病気のせいで私は無意識にイライラやキツイ事、酷いことも言ってしまう。私の感情とは関係なく平手さんをキズつけ、追い詰めてしまう」

「かまいませんよ、それも渡邉先輩なら」


そんなわけないのはわかってる

あの人もそうだったから…


「口ではそう言えても、実際にキツく言われたり、責められたりしたら嫌になるに決まってる。人ってそういうものなの」

「私は今、ムキになって私に食い付いてくる渡邉先輩も好きだなって思ってます」


「バカじゃないの?」

「周りからしたらバカかもしれませんね。でもバカになるくらい渡邉先輩が好きなんです」


「それに、まだ私は前に付き合っていた人が忘れられないの」

「私が忘れさせてあげます。思い出にしてあげます。なんならあの人の記憶ほど消えてくれればって思いますよ」


「記憶から消えるなんて…その人だけは忘れたくなくて必死で努力した…のに…」

「でも渡邉先輩から離れて行ったんですよね?病気だってわかっても。渡邉先輩が治療して変わろうと努力してても、あの人はそれも見ようとも、知ろうともせずに離れて行ったんですよね?」


なんで見てきたように言うんだろう…


「知ったように言わないで!あの人が離れたのは私がダメな人間だったから。病気は関係なく、私がダメな人間だったから捨てられただけ」

「あの人は自分しかなかったからでしょ?自分だけの幸せしかなかったから」


「どういう意味?」

「あの人は渡邉先輩と乗り越えて行く気がなかったんですよ。考え方や価値観が違うのは人間なら当然だし、ケンカしまくってもそれを一緒に乗り越えて行くのが愛でしょ?あの人にはその愛がなかった。それだけですよ」


「平手さんにはあるの?」

「ありますよ。乗り越えていく愛も覚悟も。もちろん努力もします。それには渡邉先輩をたくさん知る必要があるんです」


なんでそこまで私にこだわるの?

私には愛される資格なんかないのに