ブログ2日目。

今日は私の「日常」について書こうと思う。

赤の他人である私の日常についての記事を読んでくれる人などいるのだろうか疑問だが私が思うことだけを自由に書いていこうと思う。

私には目標がある。とても主観的な話なので軽い気持ちで読んでいただきたい。

目標とは理想の自分になることである。理想の自分とは強い男。洗練された人間になりたい。

私が思う強い男の条件だが、精神的・肉体的に強く、社会的に頭がよく、勉学的な観点でも賢く、社会的地位を獲得し、金銭的余裕を持ち

倫理観を持ちながらも合理的判断のできる内面を持ち、優れた容姿を兼ね備えた人間である。なんとも私は欲深いのだろうか。

1度きりの人生。叶えて死ぬ。これが自分の生きる意味である。誰もが自分の生まれた意味、生きる意味を知らずに生まれ大人になる。

時にはなんのために生きるのか?このような考えを抱いた経験がある人も少なくはないのでなかろうか?

自分の生きる意味を見つけれた私はなんと幸せなのだろうか。

これを叶えるべく、私の日常は構成されている。

知識を蓄えるべく学校内外学び、将来的に自立するための稼ぎ方を試み、生物的強さの為、格闘技とジム、その他独自トレーニングの繰り返し。自分で選んだ道なのに、時々周りを羨むことがある。友達と楽しそうにしていたり、旅行にいったり、ご飯を食べたり。

私の目標はこれらを捨てなければ実現が難しい。常に自分の感情との戦いである。己の大きな欲求実現のため、無駄な欲求を捨てる。

その繰り返し。継続し続けて成し遂げる。孤独を感じた時、この道のりが長く感じる。

だが反対に自己実現のためやるべきことを行動するとき生きがいと感じる。

だがこの自己実現の欲求を抱けるのも今までの親からの金銭的支援があってこそ。自分の環境に感謝しなければならない。

私の家は現代には珍しい先祖代々だい受け継がれてきた厳格な家庭である。その影響もあるのか両親の考えは保守的である。

一方私はその逆であるため、考えが相反する。そのため特に父親とは仲違いしている。

別にどちらが正しいとかではなく、生き方についての考え方が根本から相反している。そのため毎度話し合いでは収まることがなかった。

これは恩返しとともに証明でもある。

ここまで健康に育ててくれてありがとう。そして俺の考え生き方は間違っていなかったと。

自分との戦い。今までの恩返し。自分自身の証明。俺は理想の俺になる。今日死んでもいいように、実現まで、私は私の日常を送る。