不恰好なカタチと色合いが、何とも好き。
「ポンパ!」
第百三十七回芥川賞受賞作
諏訪哲史の【アサッテの人】を読んだ。
叔父、明の放つ独特な単語の意味を解くという軸
叔父と作者という人物との係わり合い
作者の幼い頃と叔父との関係性、叔父の妻への思慕
叔父夫婦の日常、これは、叔父やその妻の日記を
辿るという手法のなかでである。
日記や述懐の中で、度々現われる「単語」
ポンパ、チリパッハ等々
それ事態、殊更に執着して解析していく意義があるのかという
作者自身への問い掛け
かと思えば
読者へ向けての説明や、当該小説の構成を述べたり
小説を書く際の「種明かし」をしているようなのだ。
また叔父夫婦との関係性、事象、日記の引用
自身の記憶の中での叔父像
と、読む側も当惑するくらいの観点
はたまた「図」が、文章と共に掲載されている。
おもしろい!の一言では勿体ない、何かもっと言わなきゃ
そうだ「ポンパ、チリパッハ!」
実は、読んでいて、自分の中学生時代に重ねるも、少し離脱しつつ
自分の場合は・・・
自分の場合も・・・
と、ぐるぐる記憶が脳の中で踊りまくっていた。
しんと静まり返った卒業式典の最中に
叫びたくて、どうしようもなかった少女時代。
「定型」「予定調和」の枠に収まりきれない自分。
目の前で起こるであろう、予定調和な事象から逃れたくなる
そんなとき「ポンパッ」と、呟きたくなる、叫びたくなるのだという叔父の姿は
まるで、中学生の自分だった。
厭世的な物事の観かた、その延長の価値観で益々固持していく自分の感性
時間や誰かと交わる事のない、ねじれとも違う「アサッテ」
処世術の中から生み出したアタシの自制心は
解き放たれることなく、静かに体の芯のあたりに蓄えられているが
ずっと押し仕舞い込んでいる自分の奥底から
いつか露呈するのではないか、と、アサッテに向かうのではないかと
自覚しているのだ。
懐疑的に。
ポンパ。
