HP掲載した法話は、こちら。

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圓融寺住職の法話【一寸先は闇でいい①】

圓融寺住職の法話【一寸先は闇でいい②】

 

 

①と②で続きのお話なのですが、

今回は②の『恰好』(かっこう)という禅語を。

 


格好とは違う意味です。

微妙に漢字が違うでしょちゅー


実は最初、格好だと思ってた…汗



こちらはうちのカッコいい人。



恰も良い(あたかもよい)、

不本意なことが来ても、恰も良いとする。


これって、

ともすると悲壮感漂う

ポジティブシンキングになりがち滝汗



実際のところは、


目ん玉見開いて

現実を直視する心意気


って感じだろうか?


不本意なことがあっても、

気持ちが浮き沈みすることなく、

淡々と受け止める。



そう在れたら、

頭では格好いいw!と思いつつ…、

事件や事故で

幼い子の命が失われたニュースを見て。


自分の子だったら、

恰好!と言えるか?



ヒネくれたことを考える私。



怒りと悲しみと空虚感で、

多分ムリだ。




でも、そんな「ムリだ。」という自分をも、

恰も良いとすることが、禅なのかも?



なんだか、優しいな…。



現実は変わらないし、

右往左往浮き沈みする自分もいるけど、

それすら恰好!

と言たらホンモノなのかしら。




 

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