【初音ミク】遊びをせんとや生れけむ【梁塵秘抄】 2012/01/12 nozomimatuki 

◆『舞へ舞へかたつむり』と合わせてお聴きください。 

◆ 2012年NHK大河ドラマ「平清盛」にてこの歌が取り上げられ、その仮歌を作曲家の吉松隆氏がミクさんに歌ってもらってたとのことで。実際に聴きたかった人も多いかなと思い。早い話が便乗ですよ便乗w。

 

     
遊びをせんとや生れけむ

戯(たはぶ)れせんとや生れけん
               
遊ぶ子供の声きけば 

我が身さえこそ動(ゆる)がるれ
 

(359)

大意:

遊ぶために生まれて来たのだろうか

戯れるために生まれて来たのだろうか


遊んでいる子供の声を聴いていると、

感動のために私の身体さえも動いてしまう♪

 

 

これは当時の流行歌で

酒席で白拍子などが歌った

「今様」の歌詞

 

その場の座興に

舞などもつけて歌った

お座敷芸のようなもの

 

録音技術がない時代なので

その曲や詳細は分からないけど

 

平安中期から雅楽の「越天楽」に

歌詞をはめる替え歌が流行り

黒田節がその当時の片鱗を

とどめているようです。

 

(Wikipedia)今様(いまよう)は、日本の歌曲の一形式。今様とは「現代風、現代的」という意味であり、当時の「現代流行歌」という意味の名前であった。 平安時代中期に発生。平安時代末期には後白河法皇が愛好し、熱中し過ぎて喉を痛めたことが史書の記録に残されている。また、法皇が編纂した『梁塵秘抄』の一部が現代に伝わっている。 歌詞が、7、5、7、5、7、5、7、5で1コーラスを構成するのが特徴で、様々な歌詞が生み出された。

 

(百科事典マイペディア/コトバンク)「今様」 平安末期に流行した声楽。その当時として〈今よう〉,つまり現代ふうという意味で名づけられたもの。七五調四句の詞型を特徴とし,鼓などの伴奏で歌うこともある。白拍子などによって歌われ,貴族にも広まり,後白河法皇はその歌詞を《梁塵秘抄》に採録している。

 

【初音ミク】「遊びをせんとや」を歌わせてみた【NHK大河ドラマ平清盛】 

2012/02/1 noriaki ohsawa 

 「遊びをせんとや」2012年のNHK大河ドラマ「平清盛」より。 作曲:吉松隆 編曲&映像:のんののん うた:初音ミク 

 吉松氏が作曲試作時にもミクを使われたという今様「梁塵秘抄」を 今様の初音ミク(Append Sweet)に歌わせてみました。 オケはオリジナルを参考に編曲してあります。 OPは松浦愛弓さん、劇中では松田聖子さんや中井貴一さんなど色々な方が口ずさんでおり面白いですね。

 

 

「梁塵秘抄」は、平安時代後期に

歌いすぎて喉を潰すほど

今様を好んだ後白河法皇が

 

今様や長歌など雑多なはやり歌の歌詞を

集めて編纂させた歌謡集・口伝集ですが

 

全十巻のうち現存しているのは

明治時代に発見されたごく一部のみで

「梁塵秘抄」という名も

後に付けられたものとか。

 

(Wikipedia) 『梁塵秘抄』(りょうじんひしょう)は、平安時代末期に編まれた歌謡集。今様歌謡の集成。編者は後白河法皇。治承年間(1180年前後)の作。 後白河法皇は少年のときより、今様と呼ばれる歌謡を好んだ。歌の上手を召して多くの歌謡を知ったが、死後それらが伝わらなくなることを惜しみ、書き留めて本にした。また、歌謡の歴史などについて、別に口伝集十巻を残した。 書名の「梁塵」は、名人の歌で梁の塵も動いたという故事より、すぐれた歌のこと。

 

平凡社百科事典マイペディア/コトバンク)梁塵秘抄【りょうじんひしょう】 平安後期の今様(いまよう)歌謡集。撰者は後白河法皇。成立年代未詳。歌詞集・口伝集各10巻があったと推定されるが,歌詞集の巻1の断簡と巻2,口伝集の巻1の断簡と巻10のみが現存する。歌詞は,長歌(ながうた),古柳(こやなぎ),今様,法文(ほうもん)歌,四句の神歌,二句の神歌などがあり,口伝集には撰述の事情などが記してある。平安末期の庶民感覚が生き生きと表現されており,文学史・音楽史のみならず風俗・思想史上にも重要な資料である。

 

【佐々木道誉が歌う奇妙な歌2連発!(太平記)】 舞へ舞へかたつむり…?

2018/11/16 義長 

 陣内道誉が歌っている歌は、 『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』と言う平安時代末期に編まれた歌謡集にあるそうです。 編者は後白河法皇で、少年のときより今様と呼ばれる歌謡を好み、 歌の上手を召して多くの歌謡を知ったが、死後それらが伝わらなくなることを惜しみ、 書き留めて本にしたようです。

 [♪其の壱] 舞え舞え蝸牛 舞はぬものならば 馬の子や牛の子に蹴させてん 踏破せてん 真に美しく舞うたらば 華の園まで遊ばせん。

 [♪其の弐] 御厩の隅なる飼ひ猿は 絆離れてさぞ遊ぶ 木に登り 常盤の山なる楢柴は 風の吹くにぞちうとろ揺るぎて 裏返る。

 

 

遊びをせんとや生まれけん/桃山晴衣  Harue Momoyama/ Was I born to play 

2010/12/12 ototatchinuru18 

 「梁塵秘抄」は後白河法皇撰による、いまだかつてみられないほどの偉業ともいえる歌謡集成であり、歌詞篇十四巻と、伝系、唱歌法 など口伝を記述した十巻と、合わせて全二十巻から成っている。  

 歌謡史上の黄金時代であった平安末期、大衆の間に最も広く行われた 「今様」諸歌謡を集めた「梁塵秘抄」は、これらが中世諸歌謡の源泉であることを私たちに告げてくれる。  紫式部日記や枕草子、兼好 の徒然草などに語られていながら、まぼろしの書であった梁塵秘抄は明治四十四年、その一部が発見され、大正元年佐々木信綱の手に より単行本として出版された。

  これによって現存は、歌詞篇巻第一と第二、口伝集第一と第十。それと現本に存在したかどうかわから ない、後に関連資料として追加されたと思われる口伝集第十一巻から第十四巻がある。桃山晴衣「梁塵秘抄について」より

  本曲は「梁塵秘抄」の中で最も知られている「遊びをせんとや生まれけん」。なおこ れらの曲が収められた桃山晴衣のCD『遊びをせんとや 生まれけん/梁塵秘抄の世界』(CD:VZCG-168)は、日本伝統文化振興財団より発 売中!。

  映像は梁塵秘抄ゆかりの地、岐阜県大垣市青墓、円興寺に建立された桃山晴衣揮毫による石碑。

 

  後白河法皇によって「梁塵秘抄」がいったん成立したのは1169年3月頃といわれていますので、ご指摘通りそれ以前の書に「梁塵秘抄」という名称は登場いたしません。

  ここでの解説は<「今様」諸歌謡を集めた「梁塵秘抄」>としているように書名の起源でなく「梁塵秘抄」の<うた>の大半を占める「今様」という言葉が、すでに「紫式部日記」や「枕草紙」に登場するということです。

  「紫式部日記」の一節「・・若やかなる公達、今様歌うたふも、・・」に、「梁塵秘抄」の成り立ちは紫式部の時代から一世紀へだってはいるけれど、ここから歌謡というものの根深さを考えさせられると同時に、この頃、「神楽・催馬楽などがすでに古風になってゆきつつある世相の一端が示されていると」と西郷信綱氏の指摘にある通りです。

  ちなみに「枕草紙」には「・・神樂歌もをかし。今樣はながくてくせづきたる。風俗よくうたひたる。」とあります。

 youtubeには詳細な解説を書けませんので失礼しました。よろしければ桃山晴衣の「梁塵秘抄・うたの旅」(青土社刊)もご参考にしていただければ幸いです。(立光学舎)

 

 

今様は能の謡曲のような
ものだったろうと想像しますが
雅楽の替え歌だから
テンポは相当ゆっくりで
 
流行歌なのに今から見れば
箏曲や琵琶の曲に似て
堅苦しくて重いものだったのでしょう
 
 

また、年頭に宮中や京都冷泉家で

行われている歌会始のように

 

披講所役の講師のような

リーダーがまず歌い出し

 

途中から皆でのんびりとしたテンポで

何度も短い歌詞を繰り返し合唱して

楽しんでいた

 

・・・のかもね?。(^_^;)

 

 
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