私が幼稚園に行ってる間に、母は買い出しに行ったりある程度の家事をし、お昼を過ぎた辺りからお店に向かい掃除や仕込みやらと休む間なく働いていた。


お店が繁盛するにつれ、客足が絶えず閉店時間がどんどん遅くなり、母の睡眠時間も大幅に減っていった。

母のお店の奥で過ごしていた時も、休むことなく通っていた幼稚園。

幼稚園は集団登園で、先生が歩いて園児を迎えに行くルートがあり、私はそのルートのすぐ近くに自宅があった。

睡眠時間が大幅に減った母は、私が登園する時間も起きれなくなっていて、テーブルの上に水筒とお弁当。その脇に幼稚園バッグと制服が置かれてあった。


母のお店から出禁を食らった私は、夕方に学校から帰ってくる兄や姉と過ごすことなる。


兄や姉は、青春真っ只中の遊びたい盛り…

それでも嫌がることなく、私の面倒を見てくれた。


だが…時々

目をギラギラにさせながら、姉と兄との真剣勝負のジャンケン大会が始まる。

勝利を勝ち取った側は雄叫び上げアップゲラゲラアップ

負けた側は呆然とするダウンアセアセダウン

このジャンケン大会とは…

姉と兄が出掛ける日が被ってしまった時に、どちらが妹の私を連れて出るかを決める為の大会口笛


これ…デートだとキッツイですよね真顔


当時、なんにもわかってない私は、その光景が始まるとどちらが勝つのかワクワクしながら見て楽しんでた爆笑


兄が勝つと必ずと言っていい程、1個年上の姉が、長女の特権を持ち出し、泣きのもう1本勝負を高圧的に申し出ることが多々あり。


その申し出に応える日もあれば、断固として譲らない日もあった弟の兄(きっとデートの日は譲らなかったんだろうな)


負けた側が約束をキャンセル若しくは延期するか、仕方なく私を連れ出した。


そんな風に私を1人にすることなく親代わりをしてくれた姉と兄。

姉はズルをすることが多かったけどね…意図的に帰宅することなくそのまま出掛ける確信犯グラサン

兄は友達を家に呼ぶことが多くなった。麻雀したり、友達からの提案でトランプしよ〜と私を混ぜて遊んで貰った記憶が沢山ある照れ



出禁は出禁なりに楽しく過ごせる環境下に置いてくれた家族に、改めて有難うと言いたい。



だが、しかし…

このありがたみを全く感じることなく過ごしていた幼少期の私は、やはり母と過ごす時間が劇的に減ったことで、寂しさが増した。


そして奇妙な行動を毎日繰り返す絶望


目覚めるとすぐにテーブルの上にあるお弁当 水筒。脇に置かれている制服や幼稚園バッグを持ち、あらゆる所に毎日身を潜めた。


幸いにも姉や兄は朝早くに家を出るため、幼稚園の先生が自宅に声掛けに来てくれても、母さぇ起きなければ私は無事にズル休みが出来る。


祈る想いで、毎日身を潜めた。