みけにゃんさんの記事から、地元のCMを思い出しました。



いやいや、藤井さんは天才だと思いますが、ナレーションの「負ける悔しさ」というのが、ただ才能や素質だけではない、環境や背景に思いを巡らせます。

そう言えば、マイケル・サンデルさんの著書で、どんなに才能や素質があってもそれを生かせる社会、環境がなければならない、とありました。

ただひとりで、自力ではその能力を発揮できない、ということですね。

確かに、お猿さんの群れの中で、どんなに将棋や野球の才能があっても、それを認め、感嘆し、応援するという受け手がいなければ、天才の意味すら為さないかもしれません。