今日は祖母の四十九日でした。

今回の一時帰国の一番の目的です。

祖母が亡くなったのは突然で、本当に眠ったまま苦しまずに、という感じだったようです。

明け方、電話越しにその話を聞いた私は、その時旅行中で、ボストンの家に戻るのも車で3時間、そこから準備をして空港へ向かっても絶対にお葬式には間に合わない状況でした。

海外転勤について行く上で、1番心配だったことが起こってしまいました。

電話越しに大号泣な私に、日本にいる家族は、おばあちゃんを想いながら旅を続けなさい、と言ってくれ、
電話を終えてもなお大号泣な私の嗚咽で起きてしまったあおちゃんは、「そうっとしておこう精神」で私をベッドの上から見つめていたパパを引き連れ、私を抱きしめに来てくれましたショボーン

そんなあおちゃんに慰められているうちに、祖母が亡くなった悲しみで大号泣していた気持ちが、亡くなった祖母の気持ちにシフトしていきました。

祖母は、ここ数年、本当に全てにやる気がなく、テレビをつけたまま横になっていて、ごはんの時だけ身体を起こす、という生活でした。
亭主関白な祖父のもと、色々な制約の中で家族のために頑張ってきた結果、もういいや、とすべてを放棄したようで、考えることはおろか食べることさえ面倒になっていたように思います。

それでも、家族としては、何か1つでも楽しみを見つけてほしい、身体を動かしてほしい、食べてほしい、生きてほしい、そう思わずにはいられなかった。

でも、入院中、もう点滴は要らないと言った祖母、毎日色々な時間帯に代わる代わるお見舞いに来ていた家族が居ない時間を見計らったように、スッと息を引き取った祖母。

そこに、もう大丈夫だから引き止めないでね、逝かせてね、という祖母の想いがあったんじゃないかな、と。
やっと頑張らなくていい、自由になった、と。

その日、祖母が亡くなった日、老健に居た祖父は、胸さわぎがするからと、何度も何度もスタッフの方に家に電話にするよう頼んでいたようです。
結婚して60年以上ともなると、離れていても相手の死を感じ取ることができるのかと驚いたものです。

お葬式の後のお骨拾いには行きたくないと老健に帰っていった祖父の淋しさははかり知れません。

しかしながら、祖父よりも早く亡くなることを望み、その後自分の有り難みをしっかり分かってもらいたい!!と生前言っていた祖母の願いはしっかりと叶えられました。

亡くなった後も手が柔らかかったらしい祖母。苦しまずに亡くなった方は手が柔らかいままなのだとか。

その後、祖母を想いながら旅を続けた私たち。
後にも先にもこんな光が映りこんだのはこの日だけでしたキラキラ  太陽とレンズの関係でしょうが、なんとなく祖母を想ってしまう写真なのです。
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最後まで読んでくださった方、暗くなってしまってごめんなさい。
ありがとうございました。


ではまたウインク