私のおばあちゃんが入院しました。
本当は、去年末に痴呆症の検査入院をしたんです。
検査は年明けにという事でしたが、痴呆症の専門の病院に入院したんです。
その時は、痴呆症の検査入院で、身体は元気だから、お見舞いはいいよー。なんて言われて、安心して新年を迎えた訳です。
そうしたら、一昨日、母の兄弟から一報があり、重度の肺炎になっていた。との連絡が。
長くないだろうから、早くお見舞い行って、顔見せてやってくれの事でした。
昨日、行ったら、顔色も真っ青、唇も青白くなっていて、覚悟を決めなければという気持ちになりました。
だって、見えない人にお話してるんだもの。
これ、私の長女。
なんて言ってる始末。
私は、長女の娘だけど、ウンウンと言うことしかできませんでした。。。
今日も行ってきました。
昨日より、顔色も若干赤みが出てきて、唇も赤くなってました。
でも、酸素マスクをつけてました。
母と同じ時間に行ったのですが、それでも、母と私に一生懸命に話かけてきます。
呂律がまわらず、何を言いたいのか分からないのが多かったですが。。。
しかも、私の名前も母の名前も出てこずでした。
痴呆症の進み具合、ヤバくなったなと確信しました。
でも、思いました。
まだ、命は大丈夫。
気を緩める事は出来ないぐらいの重い状態ですが、今日は生きてくれる。
そう思いました。
おじいちゃんを亡くした時は、まだ私は小学校6年。
それから数えれば、16年、おじいちゃんより長く生きて、83になりました。
一人で淋しかったね。
おじいちゃんが、迎えに来てくれるまで、一人で逝かないでね、おばあちゃん。
おじいちゃん、あと数日は待ってね。
そうすれば、妹の晴れ姿見れるから。
今度の日曜日、私の地元は成人式。
妹もようやく二十歳。
私と8才離れてる。
それまでは、どうか、どうか生きていて。
最後のおばあちゃん孝行をしたいと思ってる妹のためにも。
最後の親孝行をしたいと思ってる、お母さんのためにも。
どうか、どうか、逝かないで。
また明日も顔をみてきます。
少し、良くなってるといいな。
本当は、去年末に痴呆症の検査入院をしたんです。
検査は年明けにという事でしたが、痴呆症の専門の病院に入院したんです。
その時は、痴呆症の検査入院で、身体は元気だから、お見舞いはいいよー。なんて言われて、安心して新年を迎えた訳です。
そうしたら、一昨日、母の兄弟から一報があり、重度の肺炎になっていた。との連絡が。
長くないだろうから、早くお見舞い行って、顔見せてやってくれの事でした。
昨日、行ったら、顔色も真っ青、唇も青白くなっていて、覚悟を決めなければという気持ちになりました。
だって、見えない人にお話してるんだもの。
これ、私の長女。
なんて言ってる始末。
私は、長女の娘だけど、ウンウンと言うことしかできませんでした。。。
今日も行ってきました。
昨日より、顔色も若干赤みが出てきて、唇も赤くなってました。
でも、酸素マスクをつけてました。
母と同じ時間に行ったのですが、それでも、母と私に一生懸命に話かけてきます。
呂律がまわらず、何を言いたいのか分からないのが多かったですが。。。
しかも、私の名前も母の名前も出てこずでした。
痴呆症の進み具合、ヤバくなったなと確信しました。
でも、思いました。
まだ、命は大丈夫。
気を緩める事は出来ないぐらいの重い状態ですが、今日は生きてくれる。
そう思いました。
おじいちゃんを亡くした時は、まだ私は小学校6年。
それから数えれば、16年、おじいちゃんより長く生きて、83になりました。
一人で淋しかったね。
おじいちゃんが、迎えに来てくれるまで、一人で逝かないでね、おばあちゃん。
おじいちゃん、あと数日は待ってね。
そうすれば、妹の晴れ姿見れるから。
今度の日曜日、私の地元は成人式。
妹もようやく二十歳。
私と8才離れてる。
それまでは、どうか、どうか生きていて。
最後のおばあちゃん孝行をしたいと思ってる妹のためにも。
最後の親孝行をしたいと思ってる、お母さんのためにも。
どうか、どうか、逝かないで。
また明日も顔をみてきます。
少し、良くなってるといいな。