長年ずっと何をやるにも楽しいを求めてきたわたしですが、魂と一致して生きていくことを決めた後、楽しさという捉え方が少し変わりました! 今日はそんなお話です。

 

趣味や仕事、自分が求めていることがなんなのか分からない

分からないけど何かしなきゃ!という焦り、スターシードやライトワーカーと呼ばれる方に多いらしいですが、皆さまいかがですか?

 

わたしはいつも本当に自分が求めていること、やりたいことが分からないのが悩みでした。

 

そんな長年の悩みに終止符を打つきっかけとなったのが、探すのを辞めた ことです。

 

モヤモヤしてる時ってどうしてもなんとかしたいという気持ちが働いて解決策を考えたりしちゃいますが、そもそもそれこそが思考の罠でもあるということを学びました。

 

思考の癖とは結構厄介なもので、私たちは思考が働き過ぎているあまり、ありのままの現象や情報を純粋な状態で受け取れなくなっています。

 

頭で考えることは思いを行動に起こすことに必要だったり、決して悪いことではありませんが、無意識に働いてしまうところと、それに気づかずにエゴが堂々巡りになってしまうというところもあり、思考優位で生きていると結果本質とかけ離れてしまいます。

 

ここ何ヶ月か思考を手放し、今ここの体感優位で過ごすようにしてきて思ったのが、今までかなり無駄なことばかり考えていたなということ。

 

思考をオフにしている方が何倍も軽やかで楽、そしてより行動的になったなと思います。

 

やりたいことがなんなのか分からない、探しているうちはしっくりこなくて、脱力して今に生きるをやっていると、勝手に何かしらしていることに気付きました。

 

正直そうなると、やっていることが楽しいかどうかもどうでもよくて、知らない内にやっていたというところが自分にとってベストだなということも思いました。

 

それでいいということも!

 

思考はすぐに理由と答えを探そうと必死になりますが、そこで思考優位に戻ってしまうと、また魂からの声を逃してしまいますから。

 

そして、魂と一致した選択をしていく上で、楽しいではなく喜びと快感がそこにあるかどうかを感じて選択することの方がしっくりきました。

 

何かに迷ったら心地よい、気持ちよいかどうかで判断すればいい

 

ちゃんと一致していれば愛の循環、すなわち身体に心地よさと快感が自然と流れ出るということ

それが内側と繋がっている一つのサインでもあります。

 

そこで、本当にやりたいこと=楽しい ことではないと気づきました。

 

簡単にいうと楽しいの履き違えですね。

 

補足ですが、わたしが思う楽しいってドーパミン系のグワっと上がって持続はしないみたいなもので、魂が求めているものって多分そうではなく、もっと落ち着いたところで柔らかい心地よい風が内側から出るような感覚。 癒しに近いかなと!

 

言葉って人によって捉え方が違うので、それも思考の罠によって幾らでもすり替えられてしまいますが、楽しいがいまいちしっくりこない方は、心地良いや気持ち良いなどのより体感で感じられる方に置き換えてみると意外とわかりやすいかもしれません。

 

 

自己と統合していく、わたしに戻るを決めている方は無意識下にあるエゴを認知し、潜在意識を浮上させていくことがとても大切になってくると思います。

 

ただでさえ情報過多の世の中、色んな概念が知らず知らずの内に入ってきますので、その都度クリアリング、情報を経って自分の感覚を信じること。

 

また、加速化に伴い、早く早くと変化を求めたくなってしまうこともあるかと思いますが、何もしない選択をすることも必要だと思います。 その事に関しては違う記事で書こうと思っています。

 

 

今回は楽しむこと に関してわたしなりの経験と体感で書かせていただきました。 ご参考までに!

 

ではまた!