わたしには何があるのか?何が出来るのか?

ふと虚無感に襲われる時がある。

何度も考えて、そして何度も腑に落として、それを毎回繰り返す…

そうして徐々に自分の豊かさを実感していくもので、今はただ在る氣づき、これで良いという氣づきが欲しくて、逆の感情を生んでいるのかなとも思う。

在るという豊かさ、心地よさ。

それを知っているからこそ、そこに執着をしているのも確かで。

思考に偏りがあるからこそ、その逆もあるのが当たり前で、だからこそ、そこにはただの選択があるだけで良いも悪いも存在はしません。

わたしには何があるのか?

なぜ、ないと思っているのか?

わたしには何が出来るのか?

なぜ、何も出来ない、出来ていないと思っているのか?

それは比較している思考があるからだよね。

 

こうありたい、こうなりたいの思考が強ければ強いほどに逆に満足できない事実が生まれる。

良いと悪い、優越感があるほど劣等感も生まれる。

やりたくても出来ない。

自分にはそんな力がない。 

と思うのは、やりたい事よりも、こうならないとの対象物が勝つから・・・  

そしてそうなれないとどこかで思っている。

その恐れで動けなくなる。

 

外側を氣にする人ほどそういう思考に陥ってしまいがちで…

そんなことを考えてるとやっぱりどうでもいいや! 在る状態でも無い状態でも、この状態が今の自分にベストなことだからいいんだよ!となる。

ポジティブ思考で生きよう!なんて良く言うけどもそう生きようとすればするほどネガティブにもなるのと同じで…

そこの中立、調和を取っていった先に自分で選択が出来るようになるといいよね🙃

 

偏りを受け入れて流れのままに