自分のことが嫌いな人どれだけいますかはてなマーク

 

 

大衆の中で生きていると当たり前があったり、比較する対象がいるから自分にないものを憧れたり周りが華やかに見えることで自分が劣って見えてしまったり。少なからずあると思います。 

 

他人と比べることによって向上意識が芽生えたりもするので劣等感が全て悪いわけではないんです。 

ただ意識がそっちに行き過ぎてしまうと、自分の価値を下げてしまってどうしても生き辛い思いをしてしまうので捉え方がとても大事になってくるのかなとそういう思いに気づけたきっかけのお話ですひらめき電球

 

 

 

今から約10年前、尋常性白斑という皮膚病を発症しました。

 

白斑とは簡単に説明すると、皮膚の中に存在するメラニンが消失して皮膚の色素が斑点状に抜けて白くなる病気です。(人によって抜ける部位が変わる)

原因はわかっておらず、治療法としてステロイドやビタミン薬、紫外線療法、移植など様々な方法がありますが、これといって何が良いかは人によって変わってくる様で治療も長期になり、いつ色素が戻るかもわからない皮膚病です。

 

当時色素が抜けてしまったところが顔の一部でまだ高校生の頃だったので化粧もしておらず周りの人から気にされることも多々あり、自分の中でそれが凄く嫌でいつの間にかコンプレックスになっていました。 いつ広がるか、増えるかという恐怖も隣り合わせでストレスにもなっていたと思いますあせる

 

また元々自分にはなんの取り柄もないし劣るところばかりで自分のことが物凄く嫌いでした。『なんて自分は出来損ないなんだ』とか、『あの子の様になりたい』とか他者との劣等感がすごくあったので、人と違った見た目の皮膚病を自分で勝手に汚いって思ってしまっていたんです。

 

ある時知人に尋常性白斑のことを色素抜けててみっともないよね〜とか

自分でも気にしてるんだよね〜という話を打ち明けた時がありました。

気にされる前にこっちから言ってやろうと。

今思うとその時は自分を守るという選択が打ち明けることだったのかなとも思います。

 

ただそこで想像していなかった知人からの

 

「全然みっともなくない。寧ろ個性でいいじゃん」

 

という返答に凄く驚いたのと、その時長年嫌厭していた自分の中の何かが吹っ飛んだのが手に取るようにわかりました。 

人から肯定されることの嬉しさと同時にあれ?あんまり気にすることじゃなかったの?と

 

 

その時をきっかけに自分に自信が持てなかったのも、他人がどう考えてるのかが分からない恐怖で自分自身を守ろうと貶めてしまっていたことがわかりました。

 

 

そして、自分が嫌いなのも本当は意識が自分に向いてなくて、他人に向けてしまっていたからで多少なりとも自分の嫌なところがあったとしてもそれも見方を変えれば個性だと捉えられるし、ありのままの自分を一度受け入れることによって価値観が変わってくるということも・・・

 

 

 

たとえ誰かが嫌厭な目でみてきたり可哀想な目で見てきたとしても

自分自身が胸を張ってそれを個性と捉えられるかが本当は凄く大切

なことなんじゃないかって身をもって体験しました晴れ

 

 

嫌いなところを個性に置き換える。 簡単なことじゃないと思います。

ただ人と違ってもいいじゃないか、否定されたとしてもいいじゃないか。

自分を受け入れて恐れを手放すことで前よりも今よりももっともっと可能性が広がっていくような気がします。

自分で作り上げた他人の思考に振り回されたくなければまず自分で

自分を許すところから始めるキラキラ

 

一人一人個性があって魅力があります。

自分にはどんな魅力があるのか、気づくことができたら

そこから開けて行くのかなとも思います♪

 

 

白斑は随分前に治療を止めましたが特に気にしなくなりました。

10年経った今では身体の一部の色素がまだらに戻ってきていて、他の場所も当時よりも白が抑えられているように思います。

まだ新たに抜けていってる箇所もありますが、気持ちの面では吹っ切れているのでこれからもプラスに そして個性として共に生きていこうと思ってます。

 

他人本位で生きていて辛くなってる方

そろそろ自分本位で生きて生きましょうねひらめき電球

 

 

文章長くなっちゃいましたがここまで読んで頂きありがとうございます。