気がついたら梅雨明けたんですか?(笑)
今年は早くに梅雨に入ったなあーと思ってたら、梅雨だったものの、そんなにたくさん降らなかった印象ですね。
今日も読んでいただき、ありがとうございます。
欧州車アドバイザーの井岡です。
こないだ、神戸のある住宅街を歩いてて思ったこと。
神戸の住宅街なんて言うと、それはそれは1000万クラスの高級車が2台3台と並べてあるような光景を想像してしまうかもしれないけど、そういう所ではなくて、もっと庶民的なところ。
もっとはっきり言うと、大学に通っている学生が住んでそうなハイツがたくさんあるようなところ。
自分の大学生の時の感覚を思い返してみると、学生時代から自分の車を所有出来るだけでもやっぱりすごいとしか思えないけど、もし所有していたとしてもせいぜい軽自動車、もしくは購入時の金額を抑えて国産のリッターカーあたりというのが関の山だったのではないか。
大体、学生向けのハイツに駐車場なんてあったか?(笑)
なんて思ったりしてたんだけど、目の前のハイツには実際にそれがある。
そしてそこに止まっているクルマのほとんどが先に言ったとおり、軽自動車か国産のリッターカー。
恐らく年式から言うと中古車だろう。
しかし、その中に稀にキラリと光るクルマが止まっていたりする。
先日見たのは、ルノー5とフィアット・パンダ。
パンダはもちろん古い方。
さすがにルノー5はかなりボロい感じだったけど、それでも年式のことを考えたらかなりきれいに乗っている。
パンダにいたっては、恐らく塗装もやり直した感じでツヤツヤ!
改めて、このクルマのデザインを見直すと本当に優れたパッケージというのはデザインだって全く犠牲にしないということがよくわかった。
機能性、パッケージングという要素とデザインという要素はクルマを見ているとよくぶつかったのだろうな~?と思うことがある。
具体的に言うと、自動車メーカーの中でデザイナーと機能性の方の開発者が喧嘩しているイメージ(笑)
しかし、パンダにおいてそれを考えてみると、このよくぶつかる2つの要素を一人の人が同時に考えたように思われる。
だからこそ、妥協するところ、切るところが潔い。
何というか、、泣く泣く妥協したんだな~、とかここはデザイナーと揉めたんだろうな~、と想像してしまうようなところがない。
最初からそのコンセプトに基づいて設計されているので、きっと、妥協せざるをえないところはあったのだろうと思うけど、泣く泣くという後悔の念があまり見えてこない。
今のクルマでこんな作り方ができるか?と言われると、恐らくそれはNoと答えざるを得ないだろう。
簡素な機能や作りでは顧客が全く納得してくれない。
最低限これだけは無いとクルマとして売れない、というレベルがこの時よりもとっても高くなっていて、やはり一人の人間の手に負えるものではないと思う。
だから、現代においてこのような車を求めること自体が間違っているのだけど、やっぱりこの時のこういうクルマのほうが作品として温かみがあるよな~なんて思った。