生き残った我々に。 | 世界を根底からひっくり返してその渦に巻き込まれて死んだ。

世界を根底からひっくり返してその渦に巻き込まれて死んだ。

しょーもないことがわらわらわらわら。
しょーもない俺がわらわらわらわら。
しょーもないお前がわらわらわらわら。
さてどうすっか。
ねるか。

今日で2年ですね。
どうもテボリューションです。

きっといろんなところで言ってて耳タコだろうと思うけど、
今日で東日本大震災から2年。
…ちょっと、あのときのことを思い出してみようかと思います。


あの日は確か金曜日で、俺はガソリンスタンドに出勤してて、14:46には両替のために銀行に行ってた。
それで銀行で地震を食らって、急いでスタンドに戻ったら、お客もスタッフもみんな敷地の外に出てて。
なんでも、地震でスタンドのでっかい屋根が柱からぐわんぐわん揺れて、こりゃやべえってなったらしい。

それでその後、地震のせいで安全装置が働いちゃって給油機が止まり、復旧にだいぶ時間がかかった。
その間、一緒に働いてたバイトの人と、
ノストラダムスの大予言なんて懐かしいものを思い出しながら、
西巣鴨の交差点をおびただしい数の歩行者がぞろぞろぞろぞろ歩いていくのを眺めた。

夕方、仕事を終え、家に帰る。確かバスは動いてたんじゃないかな。
家族全員の無事に安堵したり、
テレビの映す途方もない現実に驚愕したり、
自分のことで手一杯な暮らししかしてなかった俺が日本の行く末を案じたりなんかして。

それから2、3日はガソリンが入ってこなくて開店できず、
他所の店舗に借り出された店長の代わりに店の留守番をしながら、
勝手にダンボールで作った小汚い募金箱を店の前に置いたりしてた。
うちのスタンドは立地上ガソリン入ってくるのが早かったから、その後すぐに戦場になったけど。
きっともう朝8時から夜10時まで数分の休憩もなく働き通すってことはないだろうね。てかあってほしくないね。
現場がすごすぎて疲れたとか言ってる場合じゃなかったよ。

いや、疲れたとか言ってる場合じゃなかったというよりは、
不思議と疲れを感じなかったと言ったほうが正確かもしれない。
ランナーズ・ハイだったのもあるんだろうけど、
病院関係とか、東北に物資を届けるとかって緊急車両も給油に来てたから、
なんだか変に使命感があったように思う。ここで給油しなかったら誰かが死ぬかもしれない、みたいな。
もちろんそれは大袈裟だけど。
でも、少なくとも、これが今の日本の惨状に対して俺ができる唯一のことだと思ってた。全くこっぱずかしい奴だね。
とにかく、なんか必死だったよ。

あとは津波やら原発やら、皆様ご存知の通りです。

こんなふうに、結構いろんなものに振り回されてたような気がします。
まぁ主にガソリンに振り回されてたわけだけど。


なんだか、物語のようだったなぁ…
昔っからある世界破滅系のSF。ベタベタなのになぜか廃れない、アレ。

テボは中二病がだいぶ末期でいらっしゃるから、不謹慎だけど、
実際こういうシチュエーションになったら絶対燃えると思ってたんだよ。
でもなってみたら、
なんだか、
意外と、
辛かった。

一昨日の深夜に、テレビで震災直後に福島原発で働いてたというか戦ってた人たちのドキュメンタリーやってたのをたまたま観て、
胸がきゅってなった。
そんなのどこまで本当かもわからんのに、誰かのよくない意志が働いているかもしれんのに、
そんなことはわかってるのに、
それでも胸が苦しかった。

あのとき、すごく辛い思いをした人たちが大勢いて、そんな中で自分もしんどいのに辛い思いしている誰かを助けたいと必死になった人たちが、日本の各地にいたんだって思い出したからかもしれない。
そんな人たちが、今も苦しんでいるのを再確認したからかもしれない。
あの惨状の記憶と衝撃が月日とともに薄れていき、今のうのうとアホみたいに生活している自分に気づいたからかもしれない。
(書き出してみて、三番目が一番キツイっていう最低自己中事実もついでに確認)


我々を襲った大惨事の記憶と、このおなかいたくなりそうなくらいのどうしようもない切なさを、
他の誰が忘れようとも、
明るい未来が示されようとも、
ずっと失くさないでいたい。
あの日から2年経った今、あらためてそう思った。


東日本大震災で亡くなった全ての方へ、心から、ご冥福をお祈り申し上げます。
rest in peace.
生き残った我々に、勇気と賢明なる覚悟を。