前回は、不登校の様子というより、不登校のことを相談できる場所についてのお話でした。

話が少し逸れましたが、、相談できる場所があることも親にとっては大変安心できることでした。

 

さて、給食だけ、好きな教科だけ、しかも別室で、私が付き添う形で、2週間くらいは何とか通ったと思います。

この時、まだまだ何かを諦めていなかった私は、「学校行く?」ではなく「学校行こう~」と声をかけていました。YesかNoで答えさせてしまうと、「No」と返事をされるのが、分かっていたのか、怖かったのか、、どちらかだと思います。いや、どっちもかな。

 

そのうち、給食の時間になっても起きれないようになってしまいました。

寝ている長男を「起こす」のはもう懲り懲りだったので、起こしませんでした。

娘だけ学校へ連れて行って、別室で付き添っていました。

 

この時の娘の様子ですが、「〇〇(長男)は学校行かないのに、なんで私だけ行かないと行けないの?!」と言ってよく怒っていました。(怒るなんてものではありません、あれは完全に癇癪です)

娘は10月末に行われた運動会を境に、行く目的もないと言わんばかりに行かなくなっていきます。

長男も、運動会は一緒に観に行ってくれましたが、、親を安心させるためのパフォーマンスに過ぎなかったと思います。長男も、親からのプレッシャーの中にいました。

 

このような感じで、10月に入って長男はほぼ行かなくなり、娘は運動会が終わると同時に行かなくなりました。

こうして上2人は、学校へ行くことを辞めました。

 

2学期が始まっておよそ2ヶ月、数字にするとあっという間でしたが、長い長い2ヶ月間でした。

他の小学生ママたちは、子どもを小学校に送り出せば、仕事へ行ったり、自分の時間を過ごしているのかと思うと、とても羨ましかったです。なんで・・・と言う思いが拭えませんでした。自分のような思いをしている人の存在をまだ知りませんでしたし、完全に「隣の芝は青い」状態でした。

 

行かなくなって次に悩むのは、昼夜逆転でした。

次に続きます!



お酒を飲むのも好きで、、

よく飲みます🍺

これも息抜き。