つづき

遅くなりましたが続きを記します。


わたしの苦しかった7年間

両親と兄に理解してもらいながら

闘ってきた7年間は、

わたしひとりが理解していて

家族の誰もが理解していませんでした

これまで何度も自分の診断名を

話してきたけれど

きっと誰も調べてこなかったんだと思います



心療内科の先生は

貴方、実家に居続けたら壊れるよ

と言いました

自分でも壊れてきていることを

なんとなくだけど感じていました


毒親という言葉を知ったのは30歳のとき

すべての項目に親が当てはまっていて

もしかして?という気持ちはありました

それでも信じていたい気持ちが強く

今までされてきたこと

今もなおされていること

すべてが普通だと思い込むようにしました


それが普通じゃなくて

両親と兄が理解していなくて

寄り添うふりをしているだけだと

気づかせてくれたのは彼氏くんの存在でした


彼氏くんは片親で

その親と対等に話をしている姿を見て

すごく羨ましく感じました

そして、赤の他人であるわたしを

家族として接してくれました


その優しさに涙が溢れて

自分の親は過干渉の毒親だと気づきました

兄も寄り添ってくれていないことに

気づきました



両親や兄とは

わたし自身がテンションを上げないと

話しかけられない人たちで

それが普通だと思ってやってきたけど

普通じゃないと

心療内科の先生にも言われました


ひとまずテンションを上げて話すことを

辞めました


壊れていく時間を少しでも延ばすために


そうしたらどうやって会話をすればいいのか

分からなくなってしまい、

今もなお両親と会話できません


そして両親とご飯を食べることも困難になり

家で出される料理や冷凍食品は

すべてお腹を壊してしまう

ある種の摂食障害のようになりました


吐き気を抑えて抑えて抑えて、

下から出すだけなので

抑えなければ吐いてしまいます


1ヶ月で3キロも体重が落ちて

体力も無くなり

布団から出られず

永遠に涙を流し

天井を見つめるだけで1日を終える日が

多くなりました


お風呂も入れません

着替えることもカーテンを開けることも

一つの行動をすると

その場でしゃがみ込んで動けなくなる


こんなに出来なくなるのかと戸惑いました


飲んでいる薬もどんどん強くなり

わたしは生きる屍のような状態です



ただ

一歩でも外にさえ出られれば

気持ちが軽くなり動けるようになります


なので、

「家」という環境が

わたし自身を動かなくさせていると思います



うつ病宣告から1ヶ月、

毎日気を緩めれば溢れてしまう涙を堪えて

毎日外に出るようにしています

外に出て彼氏くんと一緒に行けた喫茶店に

必ず行くようにしています


自分が夢中になれること

お絵描きをひたすらして

脳内リフレッシュをするように

そして

壊れていく自分を守るために

日々、なんとか身体を起こして行動しています


そろそろ貯金が尽きます


働くことを止められていますが

働きに出ないとお金が無くなってしまう

親に借りることだけはしたくない


働きに出られるように

家で極力ご飯は食べず

不健康ではありますが

カロリーだけは摂るようにして

なんとか生き延びています



日によっては希死念慮が強く

全く何も動けず大きな悲しみの波に

飲まれてしまうことも多いですが


幸い、

今やっているsnsのフォロワーさんが

たくさんいて励ましてくださいます


わたし自身が強く生きるために出来ること

続けていけることは

努力し続けようと思います



わたしの診断名は

反復性うつ病性障害です


普通と鬱を繰り返す

環境によって鬱が再発しやすい病気です


久しぶりに

普通になりたいと思いました




しばらくこちらには浮上しません



お話を聞いていただき

ありがとうございました


おわり