SUPER 8/スーパーエイト [DVD]/ジョエル・コートニー,エル・ファニング,カイル・チャンドラー
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 一番映像として面白かったシーンは、列車の脱線ですね。あそこに力を入れたかったんだろうなと思いました。その後の流れは地味。ちょいちょい驚かしにかかるって程度、それもフラグに忠実に何の裏切りもなくっていう感じです。

 父親同士のシーン。確執のきっかけを作ったお母さんの存在が薄いんですよね。まさに「感動しろ」と言っているようなシーンなんですが、「いや無理です」と。だって背景も何もわからんし、突然すぎるでしょう。

 またそれで簡単に和解が成立してしまうのもおかしな話です。っていうか、この父親同士の対立は本当に必要だったのか?って感じですね。何かのオマージュであれば、見当違いの文句なんでしょうけど。

「宇宙人との対立」というテーマは使い古されたもので、やっぱりそこに何かプラス要素が必要なんですよね。それこそあの「エイリアン」からどれだけ視点を変えられるか、みたいなところじゃないですか。僕としては、それは結局「エイリアンよりも人間のほうがタチが悪いぞ」って事じゃないかと思ったんですね。

 あの異星人は被害者であって、アメリカ空軍が加害者であり、今回のことはいうなれば人間に対する復讐だったわけで、無差別に人間を殺す「エイリアン」や「宇宙戦争」の異星人とはまた違った存在だったなと思いました。その点は「第9地区」に通ずるのかも知れないですが。

 それはさておき、この映画の独自的な要素の一つである「子供たちが主人公である事」を生かすとすれば、もっとあの男の子(主人公)と女の子のロマンスを描いても良かったはずなのに、申し訳程度に添えられてる程度。あの男の子(主人公)が女の子を好きになったのも、異星人から女の子を救うマリオ的存在が必要だっただけじゃんって言うくらいの、説得力の無さなんですよね。

 だからもう、色々やりたくいものを盛り込みすぎて、結局何が言いたいかわからなかった映画ですね。

 主人公たちの映画作りも、結局スタッフロールで多少観客の心を揺るがせたかっただけではないかと。映画内では全く活かされてない設定でした。

 主人公は正統派の可愛い少年で、女の子は可愛いんだけど、時折幼い顔になる(垢ぬけてない)不思議な顔立ちでしたね。まあ、あとは出っ歯の爆発好き少年と、のっぽと、ガキ大将みたいな太っちょっていう、個性のあるメンツで結構役者に関して言えばよかったと思います。あと、太っちょが女の子の事を好きだったっていうのは、主人公でなく僕も気づかなかったです。そういう描写ありましたっけ?