この話は、今まで無遅刻&無欠席で天真爛漫で明るく元気だった
子供が様々な要因の中、その後転換性障害となり、
今までの我慢していた葛藤がすべて表に出て、五月雨登校から
別室登校そして、不登校の道を辿りました。
一旦、学校へ行くことを辞め安心安全なおうち生活を経て、通学する
という道を選び、今は毎日通学しています。
回復しているようにも見受けられますが、浮き沈みが激しいし、辛そうな
時も実際あります。
家で発狂したり、好きな絵を描いたりと本人なりに精神を
落ち着ける状態が何なのかを探っているようです。
小児精神科にも数か月に1度ほど通っています。
今まで子供の為だと信じて過干渉にしてきた私。
結局それは、愛情に見せかけた虐待でした。
よく世間では、不登校になるのは親の責任ではない
みたいな事を言われているけど、私はそうではないと
思っています。(あくまでも私的な意見です)
うちの場合は、子供の意思関係なく過干渉&過保護に
育てていて、私のいう事が一番正しいとすら思って子育て
してきました。
そして、私もそのように育てられてきました。
ここで言うべきことではないのですが、私は実母が苦手です。
母親はプライドが高く、それでいてお人よし。長年、専業主婦で
した。
私は、母のようにはなりたくないと思い、就職難の中、何とか
正職員で働くことが出来ました。
今もその恩恵で、出産後も同じような職種で
パート従業員として働くことが出来ています。
話がそれてしまいましたが、子供が不登校になり
子供の事だと思ってやってきた事は、すべて自分の
見栄やプライドの為。
結局、自分のしている事は実母と変わらないじゃないか。
自分が窮屈で嫌な思いを誰よりもわかっているのに
なぜ母と同じ行動をしてしまうのか。
解決したくても、考えても、わからない。
夫は、幼少期から悲惨な状況の中で育ってきたので
話し合ってもお互いの不幸自慢?と言う状況。
本当にそれぞれ理解するのに苦しみました。
だけど、結局は時間が解決してくれたような気がします。
と言うか、考えても答えなんて出ないし。
子供が自分自身で進む道を選択できるようになった
だけのような気がします。
今まで、私が足掛けして決めるべき道を遮断させていたのだと
思います。
これから先も様々な困難や生きにくいような出来事が
あるかと思いますが、そんな時は、寄り添いそして何気ない
会話が出来る関係でありたいと思います。
終
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長文で失礼しました。
今回は子供の事が最後と言う事もあり、自分の本音や偏った考えを
綴ってしまいました。
気分を害された方がいればすみません。
実母とは何だかんだ言ってもお世話になっているし、心配も
かけたので、程度な距離を保ちつつ、長生きしてもらいたいと
思っています。
突然、我が子が不登校になり(実際は突然ではないのですが)
親子共々、パニックになり辛いだけの日々でした。
しかし、やみくもに不安になっても仕方ないと思えるようになったのは
しばらく経ってからですが、様々な不登校ブログや書籍を読んで
理解しようと思ったから。
実際に支援を受けようかとも思っていました。(値段高くて辞めましたが
)
今言える事は、この出来事は思い出すと今でも胸が締め付けられますが
きっと子供が身を呈して、起こるべくして起こった出来事ではないかと
思っています。
実際、当時は夫婦関係も破綻しつつあり、夫のモラハラも私の暴言も酷い
ものでした。
子供は親を選んでくると言う事はこう言う事かなのかな?と思います。
長らくの間、お読み頂きありがとうございます。
今後もブログは続けていきたいと思っていますので
お読みいただければと思います。
