何かの試合、勝負に負けた。 仕事で失敗した。 誰かにひどいことを言ってしまった・言われた etc、etc …
しかしそれらのことは別にたいして重要じゃない。そこから反省して何らかの気づきを得ることはできるけれども、大事なことはどういう気分でいるかということ。起きたことは起きたことでただの事実に過ぎない。ニュートラルなものだ。同じ出来事でもそれをどのように捉えるかで、どこにフォーカスするかでまったくその後の現実が変わってしまう。
例えばカフェで店員さんやほかのお客さんに誤ってコーヒーをかけられてしまっても、そのことをどう捉えるかが大事。
別に気にすることもなく、淡々としているなら、その前までと同じような現実が続くだろう。
このことは何かいいことが起こる前触れだと捉え、ウキウキしているならば、そのような現実を体験する。
まったくついていない、何てことをするんだあの店員(客)は!、と思っているとそのような現実を体験する。
コーヒーがかかったという事実は同じでも、その後の心の持ちようが、その後の現実を決める。決まった未来などはひとつもない。あたりまえのようなことだが、それを意識しているのと、していないのでは大きな違いがあると思う。