時差もあるから昨日がその日だったのか今日がその日なのかは諸氏に任せるが、12月8日はジョン・レノンの命日だ(った)。

彼が亡くなったとき、私は幼少の頃で彼には何ら思い入れもなかったのだが。

これはあまりにも一方的な主観なので決して他の誰かに同意を求めるような話ではないが、自分が生まれてからの期間に亡くなった、過去に大いなる足跡を残した偉人には、たとえリアルタイムでその威光を知る機会がなかったとしても、いくらか近しく思い、後付けでその生涯を偲んだりするのではないかと思う。

これは、あくまでも自分が生まれる前に亡くなった偉人に比べての話だが。
例えるなら、これは世代間もあり一概に言えることではないが、力道山よりもジャイアント馬場に、ベーブ・ルースよりも門田博光に、 紀伊国屋文左衛よりもマーク・ザッカーバーグにより親しみを感じるような、そんな感じ。門

いつの間にか大人になってしまった身で感じることは、世の中の移ろいの早さに比べると、あまりにも、良くも悪くも変わることなく成長のない我が身のこと。

ふと気がつけば、気がつけばお気に入りの場所はすっかり姿形を変えてしまって、昔のままの姿とはかけ離れてしまっている。

Strawberry fields foever

言わずと知れた名曲のタイトルだが、この歌の歌詞の解釈についてはここでは述べない。

ただ、その地はきっとジョン・レノンにとって馴染み深い土地だったのだろう。

好むと好まざるとには関係なく、大人になると諸般の事情で再訪叶わない場所は増えるものだ。

Strawberry fields foever

でもその地は、目を閉じればすぐに現れる。

Strawberry fields foever

再訪は叶わなくとも、自分がかつて、そんな地に巡り会えたことを、今日は感謝しよう。






さて風呂も沸いた。今日はもう終わりだ。おやすみ。

Strawberry fields foever