いつも見に来てくださっている方々、どうもありがとうございます。

自分でもつたない文章だなぁと思うこと多々ですが、
「ふ~ん、なるほどね」と思ってもらえるようなことを書いていきたいと思ってますニコニコ



さてさて、以前からずっと思っていたことなのですが、

メールの宛名を書く際に

・苗字と名前の間を一マス空けるか空けないか
・「様」と「さま」のどちらを使うか

密かに悩んでます叫び



基本は“一マス空けずに「さま」”


「様」を使うと少々改まり感が強いと思いシラー



ただ、いただいたメールの返信はその方が書いてあるとおりになぞります。


その方の感覚に自分を合わせた方がするりと相手の懐に入れる気がするからニコニコ



昨日、久しぶりに考えさせられるテレビをみた。

「富士通SP スポーツ人間交差点~光と影~」

「バルセロナオリンピック女子マラソンの代表選考は有森裕子と松野明美の人生を変えた」
という副題つき!!


バルセロナオリンピックの代表選考前後の物語です。


ウィキペディアを引用すると・・・


代表の座をめぐり、1992年1月の大阪国際女子マラソンでは、有森の日本最高記録を更新して2:26:26のゴールタイムで優勝した小鴨由水に次ぎ、2:27:02の好記録で2位となった松野明美と比較されることになる。当時の国民的な大論議となり、松野が自ら五輪代表決定直前に「私を選んで下さい」という異例の記者会見も大きな話題となった。しかし結果は、有森の方がマラソンの経験と実績が買われて、バルセロナ五輪女子マラソン代表となった。それでも、有森よりも記録が良かった松野を落選させるという、日本陸連の不透明で曖昧な代表選考の結末に抗議の声が殺到、又有森の所属するリクルート等にも誹謗中傷の電話や手紙が相次いだという。



番組中、1992年以前、リクルートとニコニコ堂が合同合宿した際に
それぞれに会社に所属していたふたりがたまたま一緒に写った写真が出されていたが、
それ以来、20年近く、会うことなく過ごしていたらしい。


松野さんは「有森が憎い、羨ましい」と思い続け、
有森さんはそれに動じることなく、メダリストとして過ごしてきたかに思えたが、
誹謗中傷や親御さんとの関係も一時悪くなる等、苦悩し続けていた。


1992年4月にリクルートに入社した私は
世間の松野さんを押す気運とは反対にミーハー的に有森さんが選ばれたことを喜んだ。

更に銀メダルという結果を残し、会社で会見している姿を見て、
「羨ましい」なんてレベルではなく、「すごいなぁ」とただ単純に思っていた記憶がある。



レベルは違うが私も人をよく羨ましいと思うことがある。
(この「羨ましい」という感覚は自分を基本的に同等と思える人に対する表現のような気がするな)


ただ、私も誰かから羨ましいと思われる部分があるのだろう。



今日あることが自分の身におき、「羨ましい」という感情がMAXになり、
自分に足りないところを自分で指摘し、ブルーになりかけたけど、
“かの”有森さんでも苦悩し、それを跳ね除けたビックリマーク


私も跳ね除けるために一歩前にでよう、そう思った日クラッカー





今日は本当に寒かったですねぇしょぼん


そんな中、嬉々としてサッカー練習のためにグランドに飛び出していく怪獣男の子


その後、私は会社に説明会の準備ででかけていくのに
自転車に乗って駅まで、ほんの5分に震えましたよショック!


帰って怪獣男の子に聞いてみると
同じクラスの子、みんな欠席する事もなく。すごいなぁ、みんな目


私は「○○>寒さ」となれるものがあるかなぁ・・・