人間には「運」があると思っていましたが、こんなに「運」が無くて「不運」を呼び込んだ人間は私は初めてです。どうせなら「強運」で「運」を掴み取れる様な人間になれればいいとつくづく思いました。私の会社が全盛期を迎える寸前にその事件は起きました。「運」の無い4人の社員と初対面の弁護士が協力して私の会社(葬儀社)を偽造の「株式譲渡契約書」を「A社長」が作成して、株主総会を開き私達夫婦を解任して会社を乗っ取ったのです。最初は気分が悪かったのですが、どうせ上手くいかないと思っていましたし、4人の社員は考える事は苦手でしたし努力家でないので、いずれ倒産すると思っていましたし、案の定乗っ取った会社の経営を始めたら4人とも「運」を全然持っていない事がわかったのです。その結果「不運」を呼び込んで現在は巨額な借金を抱えて、葬儀業界の環境がすべて葬儀社にとっては悪い方に変化して、おそらく倒産は時間の問題になっているような状況なのです。
その為に私が痛感したのは「運」を持っていない人間の恐ろしさです。彼らは自ら「不運」を呼び込んですべての予定を狂わせてしまいました。私は「運」に恵まれていたので、これから先は穏やかな人生を送れそうです。私が26才で葬儀社を創業した葬儀社はこれまでの苦労が実を結び、借金も無く葬儀の施工件数も1年間300軒を超えるまでに成長しました。おかげ様で杉並区ではトップクラスの葬儀社として葬儀関係者に認められる存在になりました。更に当社は都内で1番ベッド数が多い葬儀社にとっては非常に貴重な「緩和ケア専門」の病院の指定葬儀社になれたのです。緩和ケアの病院ですから、医師から「余命半年」と宣告された患者さんしか入院出来ない特別な病院なのです。他の病院でも緩和ケアの病室はあるのですが、他の診療科目もあるので緩和ケア専門の病院とは異なるので、患者さんにとってはここの病院は最高の医療機関であり、都内では緩和ケアの病院では最大級の病院でした。
「緩和ケアの病院」は、葬儀社にとっては経営で考えれば非常に安定した依頼や、期待が出来るまさに「ドル箱」ともいえる非常に大きな強みのある病院なのです。私はこれで会社の未来は明るく、すべてが順調に進んで行くと信じて疑わなかった頃、当社の水面下ででは「A社長」と弁護士を中心に、恐ろしい陰謀が動いており4人の社員で秘密裏で事が運んでいたのです。私達夫婦の会社の乗っ取りを考えていたのです。ただ私達夫婦を解任する正当な理由が無かったのです。「会社の株式は私の妻がすべてを所有していtのですが、4人の社員は弁護士を信じて凶行に及んだのです。偽造の「株式譲渡契約書」を「A社長」が作成して「株主総会」を開き、弁護士が「議長」を努めて私達夫婦は解任されて会社を乗っ取られたのです。信じていた社員の裏切り、法律の専門家の弁護士によって私達夫婦が心血を注いで育てた会社は、一瞬にして彼らに奪い取られたのです。
会社を乗っ取った1年後には数十年来取引をしていた新宿に本部を置く「S信用金庫」の支店から、1億2千万円の融資を受けたのです。融資を受けた資金で土地を購入して、1階を倉庫、2階を事務所にして拠点を新設したのです。しかし設備投資は直接利益を生むものではない為、すべてが借金となったのです。ところが「運」を持っていない社員の集まりですから、半年後に予期せぬコロナウイルスの拡大に直面し、東京都知事による「3密」回避の要請が出されたのです。これにより「葬儀式場」への入場制限、控室の会食禁止、マイクロバスによる火葬場への移動制限とが重なり、従来からの葬儀を行なう事が極めて困難になってしまいました。そして「葬儀式場」が使用禁止に追い込まれる自体も発生したのです。1年が経過する頃には数人だけの遺族の方による「直葬」(火葬のみ)が認められる様になりましたが、単価が極めて低く、葬儀社としての利益は殆ど確保出来なくなりました。
2年が経過してからは家族の方だけの「家族葬」が主流になり、3年目以降は通常の葬儀も徐々に再開されたものの、葬儀の小規模化が定着してしまったのです。その結果、参列者、会葬者の減少に伴い、生花の数、飲食等のキックバック(紹介手数料)収入も激減し、葬儀の売上も大幅に減少してしまったのです。何処の葬儀社もかっての規模への回復する事を期待していたのでしょうが、事もあろうに回復するどころか、「直葬」の増加、「近親者葬」、「家族葬」、「1日葬」が定着という葬儀市場の構造変化が起こってしまったのです。更に都内の火葬場は全国で1社だけ民間で運営しているのです。都内にある7ケ所ある火葬場のうち6ヶ所を経営しており、都内の火葬場は1社の独占企業なのです。その火葬場の会社に中国系投資ファンドが参入したのです。直ぐに火葬料金の値上げや、6ヶ所の火葬場に現在のニーズに合った小さな「葬儀式場」を3~4ヶ所新しく作ったのです。
そして「葬儀社」を自ら始めたのです。こうなるといずれ自社の火葬場にある葬儀式場に祭壇を飾りぱなしにして、安い料金で葬儀が行なわれる可能性が出て来た訳です。加えて病院経営に民間企業が参入出来る様になった事で、コンプライアンス遵守や、働き方改革などが重視される様になってしまったのです。その為に当社の様に指定暴力団「住吉会」との関係が深かった葬儀社は大変厳しい状況におかれる様になってしまったのです。もし当社と「住吉会」との関係性が証明されれば現在付き合っていなければいいのではなく、過去の「住吉会」との関係の深さや、付き合っていた長さが問題なのです。その事を考えたらコンプライアンス違反によって、指定葬儀社から外されるのは明白なのです。ところが当社が指定葬儀社になっている主力の病院が、世田谷区に1軒、杉並区に1軒、有料老人ホームが世田谷区に1軒あり、1社でこの病院と有料老人ホームを運営しているのです。しかもこの運営している会社は全国で1番大きな警備会社で、コンプライアンス違反に対しては非常に厳格なのです。
今迄は私が気ずかれない様にしてきましたが、当社が「住吉会」の葬儀だけではなく新年会、跡目襲名、幹部会などをすべて手伝っていたので、その事を証明されてしまえば大窮地に陥り会社が倒産する可能性が出てきてしまう訳です。それに私達夫婦が取締役から解任されたので、近所の弁護士事務所に行って相談したら弁護士から「株主総会を開いた時の関係書類をすべて集めて来て下さい」と言われ、「それより先に、取締法の任期がまだあるのなら、損害賠償の訴訟を起こしたほうがいいですよ」と言われたので、損害賠償の訴訟を起こしたのです。自分で訴状を書いて「A社長」からの「答弁書」、「準備書面」のやり取りを私が依頼した弁護士事務所に送られてくるのですが、内容は当社が「社会保険」に加入していなかった事と、指定暴力団「住吉会」と深い関係がある事を「証拠」を付けて書き連ねてくるのです。
これらはすべて事実でしたので私はあえて反論はしませんでした。ただ気になった事は社員が乗っ取った会社が指定暴力団「住吉会」と深い関係があると「証拠」を付けて過剰に主張する事は、代表取締役社長、住所、電話番号がすべて同じで、社名を変更しただけの会社なので、私が会社でやっていた事を自分達がやっていた事を主張しているのと同じ事になる訳です。これが「会社法人番号」が違っていれば完全な「別会社」ですが、そうなっていないのでまったく同じ会社な訳です。私は「A社長」にとってはいずれ不利益になるのではないのかと思っていましたが、弁護士がいる訳ですからその弁護士の戦略として多少のリスクがあってもやっているのだろうと考えていました。その後実際の裁判が始まりました。主犯格である「A社長」に法廷で久しぶりに再会をしたのですが、私に対する恐怖感を隠せない様子や、ひどく怯えている様な雰囲気を演じている様に見えました。
そして、「A社長」は尋問において「私が怖くてしょうがない」という演技をしているなと思いました。おそらく事前の弁護士との打ち合わせで、「証人ではないので、「宣誓書」を書いても、噓をついても「偽証罪」には問われない事と、とにかく私が怖くてしょうがないと思われる様な演技をする様にと、指導されていたのだと思いました。その為に「A社長」は裁判長から尋問されても小さな声で怯えた演技をするものですから、裁判長から「声が聞こえません」と注意を受けるほどでした。また証言内容も虚偽ばかりで、その不自然なやり取りは裁判記録(口頭弁論証書)にも残されています。「A社長」の仕事は経理と病院担当なので、銀行などの交渉や、病院などの事務長、看護部長との会話が仕事でしたので、人前で話す事は慣れているはずなのですが、怯えている演技をする事に慣れていないので、誰が見ても不自然に見えたのかもしれません。
これも弁護士の戦略なのでしょうからしょうがないので、「A社長」も必死の演技だったと思います。裁判が終わった後、私は「法廷であれほど会社が指定暴力団「住吉会」との深い関係が明らかになって大丈夫なのか、もし判決文の中に「住吉会」との深い関係が認定されたら致命的な「証拠」になってしまうのではないかと思い、優秀な弁護士の戦略というのはやはり違うなと思いました。後日、言い渡された判決は結果としては私の「敗訴」でした。さすがに優秀な弁護士の戦略は凄いなと思いました。しかし、判決文の中の「裁判所の判断」の冒頭には、「認定事実」として、「住吉会本部に出入りし、長年にわたり暴力団の葬儀を執り行なっていた事実」、「平成24年頃に、警察の担当者から今後は住吉会の葬儀は行なわない指導を受けた事実」、平成29年の住吉会初代会長の葬儀を執り行なった事実」と書かれ、その下の文章に箇条書きを含めて、裁判所によって公式に会社と「住吉会」との深い関係が認定されていました。
裁判所が会社と「住吉会」との深い関係を認めてくれた「証拠」を私は手にいれたのです。これから先、この「証拠」は最高の「証拠」になるので、4人の社員に乗っ取られた会社は、今迄私の経営していた会社と同じだという事が認められるので、取引先の主力の病院、有料老人ホームを運営している警備会社の本社のコンプライアンス違反を担当している部署に、この判決文の「証拠」を見せる事も出来ますし、「S信用金庫」の方は週刊誌などに記事の掲載をお願いする時に、絶対に必要な「証拠」がありますし、記事の内容は「信用金庫」のコンプライアンス違反は大きな問題なので、取材依頼に応じてくれると思っています。優秀な弁護士は4人の社員の「不運」に巻き込まれて大変だと思いますが、「運」を持っていない人は「不運」を呼び込む力が強いのかもしれません。葬儀をやらなくなって時間が経っても、現場作業員の「Y社員」は個人的にヤクザと付き合っていて、平成27年頃「Y社員」が付き合っている暴力団関係者から、「大麻と覚醒剤の栽培と密売している女性が、警察からマークされているので、会社で使ってあげてくれ」との依頼を受けて、小田社員の下でセレモニーレディとして、勤務していた事実があります。
この女性は現在もあの時に働かせてくれたと恩義を感じて、私に対して定期的に連絡をしてくれています。裁判所の「証拠」がある限り、乗っ取った会社の将来は現在の葬儀業界の状況を考えると、4人の社員は絶望と地獄の様な毎日を過ごしていくしかありませんし、生きた心地が無い毎日を送っていくしかないでしょう。私は多分「強運」だったのでいい時期に葬儀業界から離れて良かったと思っています。結局優秀な弁護士のおかげで、「試合に負けて、勝負に勝った」という事でしょう。素晴らしい「証拠」をプレゼントしてもらった訳ですからね。