私を裏切った4人の部下達の「報復」の第一弾として、「信用金庫」が令和2年6月5日に1億2千万円の融資を暴力団と関係が深い葬儀社に融資をした登記簿謄本を持っていて「信用金庫」の本店に情報提供をしました。「信用金庫」が暴力団と関係が深い密接関係者に融資をした事は大変な事であり、当然「信用金庫」内部での処罰罰則があると思います。その為に融資をした事を隠ぺい、もみ消しを計る事もあるようなので、融資をした「信用金庫」が隠ぺい、もみ消しが行われない様に適切な対応を求める目的で書き込みをしました。「信用金庫」のコンプライアンスに於いて、暴力団などの反社会的勢力及びその密接関係者への融資は「信用金庫」の経営を揺るがす最重要の禁止事項だそうです。もし絶対的な「証拠」を持っている人が具体的な通報が本店に寄せられた場合は「信用金庫」は組織を守る為に、非常に厳格かつ順速に動くのが一般的の様です。私が情報提供をして2ヶ月を経ったので確認の為に書き込む事にしました。
一般的には事案の重要性から担当部署だけではなく、経営陣や弁護士を交えた調査チームを組むそうです。そして融資実行時の「反社会的勢力及びその密接関係者のチェック」が適正だったのか、稟議書や審査書類をすべて洗い出すそうです。融資を担当した職員、支店長、審査部への聞き取りも行なうそうです。そして融資した時の契約書にある「反社会的勢力排除条項」を発動するそうです。これにより、融資を一括返済させる法的手続きに入るそうです。融資だけではなく、すべての口座や取引を停止、解約をするそうです。それに金融庁、財務局へ不祥事件届出書を提出するそうです。そしてどこの「信用金庫」でも内部での処罰、罪則がある様で、今回は1億2千万円という高額な融資で、密接関係者だという事が判明した場合は関与した職員や管理職員には非常に重い処分が下されるそうです。もし意図的に関係を知りながら融資を行なった場合は一発で免職になる可能性が極めて高いそうです。また悪意が無くても調査や確認を怠った重大な過失と判断された場合は、役職解任や大幅な給与カットが行なわれるそうです。
支店長の処分は管理者責任を問われ、降格や更迭、減給処分を受けるみたいです。経営陣も金融庁からの業務改善命令などの行政処分に発展したら、報酬カットや引責辞任に追い込まれるケースもあるそうです。「信用金庫」側としてはこの「融資」が公になれば「業務停止命令」などの致命的な行政処分を受ける可能性がある為に、情報提供をもみ消すことなく自浄作用をアピールする為に厳正に対処するのが一般的だそうですが、絶対的ではないみたいです。私はこれ以上にないと思う「証拠」を持っているので、マスコミも「証拠」があればいつでも話しを聞いてくれると言ってくれているので、安心しています。
私は26才の時に葬儀社をたちあげました。会社名は「日葬祭典株式会社」と言って、杉並区立「松ノ木中学校」の正門前にある店舗付き住宅の1店舗を借りて本社にしました。ただ独立をしても3年間は殆ど葬儀の依頼が無く、一般の葬儀社が敬遠する暴力団の葬儀をやる事にしました。そして住吉連合会「向後一家」西口組長の自宅に伺い、直談判をして暴力団の葬儀を紹介してもらえる様にお願いをしました。その後住吉連合会が組織を一本化して「住吉会」になり、西口組長が会長に就任しました。それに伴い当社は「住吉会」本部指定葬儀社になり、役20年間に渡り業務を継続しました。その期間中に埼玉県日高市ある「住吉会館」における、跡目襲名、幹部会、新年会などの行事全般の設営や手伝いを行なっていました。しかしながら暴力団対策法の強化に伴い、今迄少しやっていた「一般葬」に力を入れ、暴力団からの葬儀からは完全に撤退しました。
葬儀社が「一般葬」を展開するには病院、寺院、老人ホームなどの指定葬儀社になり、葬儀を紹介してもらう体制作りが不可欠なので、私がその様な施設の営業をやり、最終的には合計13ヶ所の施設の指定葬儀社になる事が出来ました。これに伴い組織体制を細分化して、それぞれの社員の適正に応じた担当に配置しました。最も重要となる「打ち合わせ担当」には、人柄が良く葬儀後にご遺族の方から感謝の電話を頂ける「小田社員」を抜粋しました。また非常に責任感が強く金銭面でも実直な「中神社員」は次期社長としての戦略や経営を学ばせる事にしました。「病院担当」は業務自体はシンプルですが、病院の事務長は担当者が変わる事を嫌がりますので、独身でフットワークが良くキヤリアウーマンを目指していて時間に縛られずに動ける「A社員」を病院担当にしました。現場担当は特別な技術が必要がなく体力が求められるポジションなので、ラーメン店でおかもちを持って自転車で出前を5年間やっていたタフな「Y社員」を起用しました。
群馬県高崎市の葬儀社の息子で業界の知識は豊富なのですが、椎間板ヘルニアの手術を2回経験しており現場は困難なので、デスクワークを中心とした事務所の責任者に「T社員」を任命しました。この様に部署を明確に分ける事で効率的な運営体制を構築しました。当社はまだ先行投資と設備投資で借金もありましたが、個人の夢や趣味をお互いに協力して応援しあえる本当に素晴らしい会社になってきました。例えば現場担当者の「Y社員」はお神輿を担ぐのが大好きで、「神輿愛好会」に入会後5~6年くらいで会長に就任したみたいで、その後10年以上も会長をやっていました。特定の神社に所属しない神輿愛好会だった為、担ぎ手が足りないお祭りの場所があればどこえでも駆けつけていたみたいです。その為にお神輿の時期になると「Y社員」は会社を休みがちになり、人材派遣会社からアルバイトを頼んで「Y社員」をお神輿に行かせる事もありました。1年の内半年位はお神輿のシーズンにあたる為、土、日は出社出来ません。
一般の葬儀社では考えられない事ですが、当社の社員は誰も気にしないで文句を言う社員は1人もいませんでした。また「A社員」は「病院担当」と途中から「経理担当」を1人で兼務しており、忙しい以上にやりがいを感じて働いていたと思います。後に彼女が代表取締役社長に就任した際も、都内の葬儀社ではまだ女性の社長は珍しい時代でしたが会社の将来を考えるば「A社長」を社長にするのがベストだと判断しました。本人もキヤリアウーマンを目指していた為周囲から不満が出る事もありませんでした。もう1人の年長の事務員である「A社員」はシングルマザーになった事をきっかけに、子供が大学を卒業するまでは土、日を完全休日にしていました。こんなに融通が利く葬儀社は他にありませんでした。「T社員」も会社に感謝しながら仲良く働いていました。「中神社員」や「小田社員」からも、私は一度も不満の声は聞いた事は一度もありませんでした。当時は誰もが現状に満足していた為、「社会保険」の義務化と言った堅苦しい話題すら一度も上がらないほど良好な関係でした。
すべてが順調に進んでいた頃、当社が指定葬儀社になっている病院がいずれ「緩和ケアの病院」を始めると言う情報が私の耳に入ってきました。緩和ケアの病院は葬儀社にとっては非常に重要な位置ずけとなります。これで当社の行く末も安心だと確信した私達夫婦は、自身の引退を考える様になりました。70歳を過ぎていましたので引退の事も考え始めたのです。ただ私達夫婦には子供がいなかったので私が引退する時に、当社の「株」を6人の社員に無償で譲渡する代わりに私達夫婦の生涯の面倒をみるという約束を、当社の顧問弁護士の事務所で具体的な内容は確定しないまま株式の譲渡の「念書」を私と「A社長」の間で取り交わしたのです。当社の顧問弁護士、公認会計士、社会労務士とはいずれも30年近い付き合いがあり、お互いに信頼している関係でした。ところが「A社長」が何処かで資金繰りに困っていると思われる弁護士に目をつけられたらしいのです。多分この弁護士は言葉巧みに「A社長」や他の3人の社員に近ずき、いろいろな知恵をつけながら会社の乗っ取りの計画を企わだてたと考えられます。
かっては4人の社員達も「早く儲かる会社になるといいね」と私に話していたのが、いつしかそれが「早く社会保険に入っているいい会社になるといいね」という様に変わってきたのです。そのうち「A社長」が「事務所が狭くなったから」と言って、本社の裏手にあるマンションの1階の事務所へ勝手に引っ越しをしてしまったのです。それだけではなくこれまで「A社長」が良く報告をしていた「緩和ケアの病院」に関する業務報告も、私にはまったく話さなくなったのです。私はみんなが仲良く仕事をしてくれればそれが一番だと思い、特にみんなの行動は気に留めていませんでした。ところがある日突然見知らぬ弁護士が4人の社員と一緒に私の部屋にやって来たのです。そしてその弁護士が私に向かって「株主総会を開いて、中村会長と奥さんを解任します」と解任理由も説明しないまま部屋から出ていったのです。直ぐに顧問弁護士に電話をしたら事務員さんが「すでに「A社長」さんから1ヶ月前に解任されています」と告げられました。私が解任された翌日には公認会計士、社会労務士の2人も解任されました。典型的な会社の乗っ取りの手口です。
私は「株」を持って無くて「株主総会」が開けるはずがないので、黙って「株主総会」が終わるのを待っていました。「中神社員」から「株主総会」が終わりました。議長は弁護士がやって「A社長」は最初に挨拶をしただけでした。それに「小田社員」には連絡が取れないので5人でやりました」と言ってきたのです。私は理解が出来ないので近所の弁護士の事務所に行って相談をしたら「わかりました。株主総会の通知状、議事録、株式譲渡契約書などの書類をすべて取り揃えて持って来てください。書類が揃ったら、株主総会決議不存在確認の訴えを提起しましょう」と言われ、「この訴えには時効が無いので、いつでも、誰でも訴える事が出来ますから、それから考えましょう」と言われました。その為に私は取締役会長を解任された時にまだ取締役残任期間があったので、その期間の損害賠償の訴訟を提起しました。その裁判に於いて当社の暴力団と密接な関係がある事実が明確になりました。「裁判記録」には暴力団に関する質問が裁判長からありました。相手の弁護士は「社会保険」と「暴力団」の事を議題に出せば勝てると思ったのでしょうが、結局、暴力団と深い関係がある葬儀社だという事を、裁判所が証明してくれたみたいになってしまいました。跡目襲名、幹部会、新年会の話も裁判長から質問されました。
私の手元にある令和4年3月11日の「裁判記録」及び「判決文」には裁判所の明確な判断として、以下の事実が記載されています。「当社が指定暴力団「住吉会」の総本部に出入していた事実」、「暴力団の葬儀を長年に渡り執り行なっていた事実」、「暴力団対策法の強化に伴い「住吉会」の葬儀を行なわないと決めたにも拘らず、平成29年の「住吉会」初代会長の葬儀を執り行った事実」この様に当社が暴力団の密接関係者である事は、裁判所によって公に認定されています。反社会的勢力やその密接関係者への「信用金庫」の1億2千万円の融資は、コンプライアンス及び社会正義の観点から極めて重大な問題です。「信用金庫」にとってもこのまま対応を怠る事は、経営及び社会的信用において多大なリスクになり得るかと思います。私が保有する「裁判記録」は当社と暴力団との関係を証明する上で「これ以上ない最高水準の証拠です」「信用金庫」の内部調査、及び融資回収等の厳格な手続きの為に必要であれば、提供するつもりでいます。本件の重要性を考え「信用金庫」におかれましては一刻も早く適切な対応をする様に強く促すしだいいです。