2年ぶりに聴力検査に行ってきます。
この2年で補聴器している時間が長くなってます。
人の話を聞くとき、自分からつけているようになりました。
補聴器で間に合わなくなってもEAS人工内耳に行けばいいんだ。
という知識が入ってから全く音のない人生は送らなくてもいいんだ、最終手段はまだある。と思うだけで絶望感に苛まれることはなくなっています。
そして40を超えてもう聴力が落ちても「加齢もある」と割り切ったり。
だけど曖昧な事が時には良くない事は過ごしていると多々あります。
両親が懸命になって教えてくれた。
「聴こえにくくてわからない時は、ちゃんと聴き直しなさい。」
「わかったふりしない。あとで自分が困るんだよ。」
耳マークあるか見て、
「すみませんー。難聴なので申し訳ないんですけど〜」なんてのはしょっ中。
嫌な顔する人もいますが、大概はそれほど嫌がれずに済んでしまうことも多いです。
始めにこっちから言ってしまうから。
何かあってから「実は〜難聴で」ということはしません。
そういうのは親厳しかったなぁー
「後から言う時点で人様に迷惑かけている。最初に言えば相手だってそれに見合った動きになるもんだ。わかったふりをして逆に要らない事で人に迷惑かけている。わかったふりをして相手が動いてくれた時間無駄になるでしょ?」
子供のうちからメチャクチャこう言うことは言われてました。
聴こえないのが悪いのではなく、
聞こえないのに聞こえたふりをして誤魔化している事の方がもっと悪い。
キツかったけど今になって子供のうちに厳しくされて良かった、と思ってます。