①事の始まり
21歳の頃の私。
生理不順が続き、ついには生理がこなくなり、近くのクリニックへ。
血液検査をされるも、よくある事という感じで、一度人工的に生理をおこす、ホルモン剤のお薬を処方してもらい、様子を見ることに。
暫くは、生理は不順ながらもきていたですが、また生理が止まってしまい、次は違うクリニックへ。そこでもやはり同じ対応。
そのうち、体調まで悪くなってしまい、今度は思い切って大学病院で診てもらうことに決めました。
とにかく混むのを避けて、近所にある無名の大学病院へ。
そこでも同じく、採血検査に、とりあえずホルモン剤の処方。
けれども、今回はその薬を飲んでも、生理は起こらず、再度病院へ。そして、事態は深刻な状況へと変わっていきます…。
以下は、うる覚えですが、再度病院へ行った時のことです。
症状を話すと、担当の若い女医さんから、最も上の立場にあたる、産婦人科部長の教授の診察に変更になることを告げられる。
何が起こっているのか分からず、不安になりながら、長い時間、診察の順番を待つ。
やっと名前を呼ばれ、診察室へ。
扉を開けると、ロマンスグレー(白髪)の、ダンディな先生が丁寧に診察を始めてくれました。
この先生が、後に私の病気の、世界的にも知られる第一人者になっていきます。
そして、この出会いが、後の不妊治療に大きな影響をもたらすことになります。
2000年の秋。私が22歳の頃の話。
長くなるので診察の結果については、次の記事に書きます。
21歳の頃の私。
生理不順が続き、ついには生理がこなくなり、近くのクリニックへ。
血液検査をされるも、よくある事という感じで、一度人工的に生理をおこす、ホルモン剤のお薬を処方してもらい、様子を見ることに。
暫くは、生理は不順ながらもきていたですが、また生理が止まってしまい、次は違うクリニックへ。そこでもやはり同じ対応。
そのうち、体調まで悪くなってしまい、今度は思い切って大学病院で診てもらうことに決めました。
とにかく混むのを避けて、近所にある無名の大学病院へ。
そこでも同じく、採血検査に、とりあえずホルモン剤の処方。
けれども、今回はその薬を飲んでも、生理は起こらず、再度病院へ。そして、事態は深刻な状況へと変わっていきます…。
以下は、うる覚えですが、再度病院へ行った時のことです。
症状を話すと、担当の若い女医さんから、最も上の立場にあたる、産婦人科部長の教授の診察に変更になることを告げられる。
何が起こっているのか分からず、不安になりながら、長い時間、診察の順番を待つ。
やっと名前を呼ばれ、診察室へ。
扉を開けると、ロマンスグレー(白髪)の、ダンディな先生が丁寧に診察を始めてくれました。
この先生が、後に私の病気の、世界的にも知られる第一人者になっていきます。
そして、この出会いが、後の不妊治療に大きな影響をもたらすことになります。
2000年の秋。私が22歳の頃の話。
長くなるので診察の結果については、次の記事に書きます。