夕べの雲 庄野潤三 1965年単行本初版 1971年文庫本初版

 

古本屋で購入。カバー無し。
日経新聞の新聞小説であったということ。それも驚き。
 
庄野潤三らしく、何も起こらない小説。作者がモデルというかそのままではないかと思われる、高台に住む一家の四季を描く物語。夫婦と長女長男次男の5人家族。
 
描かれるのは自然とそれに反応する家族と周りに住む人々の姿。ほぼそれだけ。ごく一部戦争体験の話などが出てくるが、それも一つのピースでしかない。
 
ハイヤーの軒先を借りて赤梨を売る爺さんの話。お金をもらって学校帰りにそれを買う長男。帰り道で一個だけ食べることを許されている。(そんなルールが決められている家族がいい)だからこそ、訳アリの数が多い方を買うことのどんなに素晴らしいことか、が力説される。父親もそこで買う。父親は質の良い高い方を買う。「いつも一山三十円の梨を買う中学生、来ましたか」と確認し、自分が買うものを調節する。
 
山の上にある家に、雷が落ちる。父親は不在で、母親と子供たちは金属物の多い台所から子供の部屋に移って床に伏せて震えている。台所の鍋などが鳴り、赤く光る。後で冷蔵庫の奥に落雷の跡があり、台所に雷が落ちたことが分かる。母親は父親がいたら、きっと台所に見に行って、頭に落ちていたかもしれない、居なくてよかった、という。この話の最後が
冷蔵庫に「ピンで突いたぐらいの痕が二つ、出来ていた。雷の一つがこれに命中したことは間違いないが、どっちが入口でどっちが出口か、それは誰にも分からなかった。」
この、ペーソスというか、小さなおかしみが、とてもいい。うっとりとしてしまう。
 
こんな生活をしてみたいと思う。憧れる。
と思わせる程の文章を、人間を描くことができることが素晴らしい。この家が保存されているので、行ってみたい。この記事参照 庄野潤三の本
 
★★★★★
 

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