『第383回犬山祭』






『国宝犬山城』(愛知県犬山市)





【犬山祭のはじまり】



犬山祭は当地の産土神を祀る針綱神社の行粧式であり、例祭は寛永12年(1635)尾張徳川家付家老の犬山城主成瀬隼人正正虎公の沙汰で氏子が行粧の車山・ねり物を出し、以来今日迄継承されてきました。犬山祭の主役は13輌の車山で、いずれも三層からなる豪華なものです。すべて江戸時代から伝わるからくり人形を操り、奉納からくり人形を披露するのは全国でも唯一のものです。13輌の車山は愛知県有形民俗文化財(愛知県指定1号)として文化財に指定されております。祭礼に曳山(ひきやま)の類を巡行する祭りの形式は、今日においても全国各地で見受けられますが、曳山はそれぞれの土地で「鉾(ほこ)」「山車」「屋台」「車楽」などと呼ばれており、犬山では「車山」と標記して、「やま」と言い習わされています。










【車山とからくり】



犬山の車山は、曳山の形態では「屋台」に属し、さらに人形を有することから「人形屋台」に類別することができ、三層式の屋台の中では、起源がもっとも古いものと言われています。このため、「犬山式人形屋台」と独立の分類をなす場合もあります。犬山の車山の構造をみると、名古屋東照宮祭の車山とよく似た構造を示していますが、名古屋東照宮祭の車山が二層であるのに対して、犬山のそれは三層へと独自の発展をし、その影響を受けつつも単なる模倣には終わってはいないことがうかがえます。また車山の上で楽曲に合わせて舞をみせるからくり人形も、名古屋系統の影響を強く受けています。あらゆる面で、車山の上で舞う人形や、その他の車山に付属する品々の制作や修理には、名古屋の人形師や職人達の手に支えら れるところがありましたが、これは名古屋付近の曳山の創始が名古屋東照宮祭の車山に始まるといわれることから、その名古屋の車山を支えた職人達に依拠したことにもよりますが、一面では犬山の町民たちがより華麗な車山の建造を望み、名古屋の祭礼の車山と華やかさ を競ったことの反映でもあろうと言われています。犬山の付家老成瀬氏の城下町として発展してきたことも、そうした意識を形成する背景となったかもしれません。










『おも城グルメ横丁』









50匹くらい、『鮎の塩焼き』あるねっ!




木曽川の清流の味かな?w









『針綱神社』前にて!





 



delaの『ミニライヴ』に、4時間くらい時間がかかったので、城前広場には、山車(13基)が一台もいないじゃん!









屋台は、賑わってるねっ!









『国宝犬山城石碑』









犬山の桜は、散ったと思っていたら、犬山城下の南西側の『枝垂れ桜』は、まだ綺麗じゃん!。delaのミニライヴで、名古屋市守山区→春日井市→小牧市→尾張パークウェイ(県道犬山自然公園線)経由して来たけど、今井付近から清水付近の桜は、満開で下に葉桜が落ちていない!









夜山を見ようと、名鉄犬山駅西口へ!







駅西ロータリーに、また山車がいないじゃん。駅西に山車が来るのは、前日土曜日の『試楽祭』で!




針綱神社の前に移動!





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