友人であり、仲間でもあるS子さんが亡くなりました。
病名告知から2か月。
あっという間。
生きてお役目がある方と感じていたので、生還されると思っていました。
で、私のひらめくことは、ご提案し、させていただいていました。
人の生死を無条件に見ようとしても、身近な方となると、何で治っても良いからと、必死になる私がいました。
S子さんに生きて欲しいと、執着する私がいました。
ですが、数日前、フルトリニティのレベル5で瞑想し、無条件の神と一体化していたら、S子さんに生きていて欲しいと思う気持ちが、すぅーっとなくなっていきました。
あぁ、S子さんが肉体の死を選ばれても良いのだと、思えました。
しかし、どちらでも良くなれば、やはり、生きて欲しいと思いました。
身体があってこそなんだから、まず、元気になって、と、思いました。
ところがそのすぐ後、仲間から、
臨終への祈りを!
という緊急メールが流れてきました。
えっ!? 危篤!?
と、びっくり!!
無条件化をした後に、S子さんに生きて欲しいと意図して祈りました。
そしてそのあとは、S子さんと宇宙の総意にゆだねました。
でも、そのとき、ゴールデンオーブの中にS子さんがつつまれていき、そこにすっぽりとおさまった、彼女の安堵感が伝わってきてしまいました。
私は、S子さんとの肉体でのお別れを、悟りました。
悲しみがどっとあふれてきました。
それと同時に、すぐそばにS子さんがいらっしゃるのがわかって、嬉しくも思いました。
亡くなられたということは、それが最善ということ。
それでも、悲しみはあふれてきます。
今日は、仲間みんなで、時間を決めて、S子さんの新しい誕生を祝福するトリニティをしました。
その時間まで、約半日、私のハートからは自動的に祝福があふれ続け、一方で身体からは自動的に悲しみがあふれ続けました。
両方あって、これで良いんだなと感じながら、私は両方の涙を流し続けました。
時間になって、みんなで祈ったら、S子さんが次の世界へと飛躍していくのが見えました。
S子さん、心から感謝します。
ともにプロセスを生きさせていただいて。
S子さんが、無条件の愛を身体を持って体現されて、卒業されたこと、
心から祝福します。
おめでとうございます。
そして、これからは、新しい形での交流を、よろしくお願いします