
過去の私から開示します。
名前は、四方志保です😊
出身は、四国の愛媛県。
21歳で、東京に憧れ状況した。人が、綺麗になるのを見るのが好きで、ファッションの最先端は、やっぱり東京だよ。と言う事で、文化服装学院に行ってた友人を見て、
高卒で、就職したもののこんなの私じゃないと思い、昼夜、
バイトをし、
お金を150万ほど貯めて
東京の恵比寿にあるバンタンデザイン研究所に行った。
ananの世界に憧れて、マガジンハウスで、バイトしたら
憧れのスタイリストになれるかも😘と
ご縁で、マガジンハウスで、
バイト出来る事になり、
バイトしたものの、
業界の虚構過ぎる現実に
憧れは崩れさり
そうこうしてる間に元旦那さんと出会い
長男を妊娠し、結婚した。
元旦那さんは、某国立大学の名誉教授をされてたお義父さんと絵に書いたように綺麗で、優しくお茶も嗜むお母さんに育てられた、観るからにどうして生きていいかわからないを抱えてるお坊ちゃんだった(笑)。
マガジンハウスのバイト中に出会った友人達は、いわゆる高学歴、親は、お金持ちと言う人達が、多かった😀ので
なんか、彼と結婚する事で、
私の持って無かったもの欲しかったものが、
埋めて貰えるかもと
喜んでたのは、最初だけで(笑)
どう生きていいかわからないお坊ちゃんにムチ打つ生活の始まりだった🤣
愛を身体で、伝え合う事を知らずに育ってる彼は、心と身体が、分離してて、体感で、物事を捉えたいし、
心が、大事やと言うのは、わかってるけど
どうしたらいいのか解らない🤣を抱えてる人だった。
頭だけは、かなりいい(笑)
私は、海の近くで、神社やお墓で、遊ぶようなご神仏と共に生きてると言う生活の中で、お金持ちでは無いけど、喜怒哀楽をすぐに表に出す両親の元
ご近所やおばちゃん家族にも可愛いがって貰い、逞しく生きる術は、身につけて育って来た私とは、真逆であった。
で、上の子が、産まれて
元旦那さんが、一年後位に音楽家で、やって行きたいと言い出し、
仕事をしながら、音楽活動をし始めたが、
生活費を稼ぐ金額が、どんどん減って行き、私が、働けば、
働くほど、彼は、音楽活動に力を入れ始めた。
今ならありえない〜とパッと離れるけど(笑)
その時は、
私が、彼を1人前にしなきゃ
音楽家として、有名になれば、私達家族は、幸せになれるとサクセスストーリーを夢見て、どんどん女じゃ、自分じゃ無くなって行って気がする。
この辺りから、長男を預けてた保育園で、保母として、働くようになり、東京の八王子に引っ越しするまで、八年ほどお世話になった。
長男を産んで、六年後に長女を産み、この頃に野口整体
野口晴哉さんの三男さんの野口裕之さんに出会い
身体研究所に入り、身体の探求を始めた。私が、先に始めたものの彼の方が、傾倒してゆき
身体研究を音楽で、探求し始めた。そして、その6年後に次男が、産まれ、どんどん身体研究が、深まり生計を立てる事に彼は、重きを置かなくなっていった。
赤ん坊を抱えたままで、仕事も出来ずに私もパートに出るのだが、次男が、かなり本質的に求めてるものが、ハッキリしてて、要求する子だったので、
フルで、働く事が難しく、
今、思えば、身体、心、魂が、バラバラだったので、どうしていいのか本当にわからなかった。この時は、三浦半島の秋谷に住んでた。
この時に出会った人達は、素敵な人ばかりだった。なのに
たぶん、私は、この時
軽い鬱だったと思う。
自分の欲より、周りの欲を満たしたら幸せになれると信じてた時代だった。
そして、次男が、3歳の時に
長男の「もう、ええよ。」
の一言で、実家のある四国に戻る事にした。
自分と言うものを知らずに夢だけを見て、生きる事の限界を感じての幕引きやったと思う。
私が、子供達を育てるから
経済が、安定したら迎えに来てと愛媛に戻った。
が、その三ヶ月後に彼から
好きな人が、出来たから
別れて欲しいと申し出があり
内心、やっと自由やと思った😂
が、17年間も我慢して、間違った夫育て、子育てをして来たから三ヶ月位は、精神崩壊してたと思う。が、両親に世話になってるし、長女気質の私は、働きに出始めた。
そして、六ヶ月位経った位に
実家を出て、私達家族で、家を借り、暮らし始めた。
この時に私は、
完全に「うちには、お母さんは、いません」と
わざわざ宣言し、
女を封印した。
14年間もそれは、続いた😭
一生、このまま、自分を律して、ムチ打って生きるつもりだった。
何で、そんなん思ったん
もっと楽な道もあるやろ🤣と今なら思うけど、あの時は、それを信じてた。
あの修行の14年間にも
意味があると思うけど😂
小さい時から、霊的な物を感じて、生きて来てた自分にかなり、自分の運命を変える色んな出会いの中から自分のカルマとご先祖さまのカルマと向き合う事になり、一言で、言ったら
因縁解消の時期であった。
この頃は、本当にキツイ時代やったけど、自分を封印してるから、身体も心も閉じてるからダイレクトには、来なかったかも
やけど辛い事、悲しい事が、多かった😭
本当によく、がんばったね。と自分を褒めてあげたい❤️
一言で、言ったら
死んだように生きてた時代であった。
これも通らなきゃならない道だった。
第一幕、終わりです❤️
長い文章
読んでくれて、ありがとうございます💗