日暮里のお姉さん 美濃部美津子 | 古今亭志ん輔 日々是凡日

日暮里のお姉さん 美濃部美津子

sinsukeのブログ

「家の親父は苦労なんかしてないよ、家族がみんな苦労したんだ」師匠はよくそう言っていた「でも、あの子は苦労知らずなんだよ」日暮里のお姉さんは、そう言いながら笑っていた。年齢の離れた弟の師匠を、お姉さんは我が子のように慈しんでいた。「そりゃ、可愛かったからね。お人形さんみたいだったんだよ」貧乏のどん底にあった志ん生師匠の一家は、子供たちまでが内職に追われていた。美津子姉さんは、クレヨンの紙巻をやっていた。赤いクレヨンに赤の紙を巻く、黄色のクレヨンには・・時間ほどお金は入ってこなかった。「お父ちゃんがねえ、売れた時は、嬉しくってね。だって、時間さえあれば稽古してたんだもの。本なんかね・・・」何度も読み返された噺の本は、背表紙がクチャクチャになっていた「ページだってね、そうっと、そうっとめくらなけりゃ、破けちゃうくらいになってたものねえ」諏訪神社の片隅にうずくまって、貪るように本に見入っている志ん生師匠の姿が、浮かんでは消えた。