世界を変える皆様こんばんは!
10年前・・・
夏には海水浴でにぎわう浜辺のそばに、1件の洋風居酒屋がありました。
その名は、南国食堂 ジャンガ・ジャンカ
ロングのカウンターにボックス席が二つ、30席程のお店
お店は、変態コックさんが一人と、ぴっちぴちの超キュートな(当時)大学生の女の子二人の
3人でお店を切り盛りしていました。
毎日同じ席に座るお客様、やたら色んな方達を連れてきてくれて素敵なご縁を頂きました。
悩み相談に来る、後輩達。
支えてくれた仲間達。
ひやかしに来る先輩達。
海辺でナンパした子と料理そっちのけでいちゃつくお客様。
変態コックさんは、よく突然ギターを手に唄い、お客様と盛り上がり!
めっちゃアットホームで第2の家みたいなお店だった。
お客様もいつもみんな笑顔で、時に涙をみせたりして・・・
最幸のお店だったな~
これは
僕が22歳の頃、やっていたお店です。
その時、オリジナルで焼酎と日本酒を造っておりました。
焼酎ブームの前です。ジンロか鏡月でしたからね。
焼酎の名は、渚のジャンガ・ジャンカ 日本酒の名を 海っていいます。
今も大事にボトルを保管してあります。
ラベルもとってあります。 そして写真がないのが残念ですが、
入り口で当時使っていたカールスバーグの黒板は
今もあの時の営業時間が、あの時のままチョークで書いてあります。
これらは、僕の自宅に大切に保管されてるのですが、朝おきたらその日は
なんかそこに目がいったため、これはメッセージだなと思い、今日こうして書いています。
当時のキュートなアルバイトさんの一人は、伊勢で顔晴っています。いつも見守っています。
彼女に何かあったら、すぐに飛んでいきます。
もう一人のアルバイトさんは、熊本出身ですが、なんと当時、お客様であり僕の同級生と
めでたく結婚し、元気な赤ちゃんを産み、しかも住んでるとこも激近です。
そして、毎日来てくれていたお客様の先輩は、今、僕の家の隣に住んでいます。
玄関開けたら、3歩で着きます。
悩み相談に来ていた僕の後輩は、現在僕を支えてくれ、OHANAを引っ張る取締役です。
そして、当時お客様で、僕が一目惚れしたその人が、僕の最愛なる妻です。
このお店を通じて、一生の宝物を手にすることができました。
わけあって、10年前に閉店しましたが、その時、店内に貼った、お客様へのメッセージ
には、
感謝の言葉と、『これで終わりではありません、また成長して皆様の前に必ず、必ず帰ってきます。
それまでしばしのお別れです。待っててくださいね!』と書いていました。
それから6年、 みんなの思いがたくさん詰った、OHANAが出来ました。
OPENの日、当時アルバイトだったキュートな女子の、泣いている姿に泣きました。
当時一緒にギターをかき鳴らしていた友人は夢の美容室を開店させることが出来ました。
そして今でも、あの頃と同じようにギターをかき鳴らしています。
毎日来て、支えてくれた先輩は今もそばにいて元気をいただきます。OHANAの名物料理である
焼き豚のけむり焼きの生みの親で、ネーミングを決めてくれたのもこの先輩です。
最愛の妻は、当時からずっと支えてくれ、そばで僕の夢を応援し続けてくれました。
ありがとう・・・
感謝でしかないです。
お店はないが、ずっとずっと一生記憶に残るお店、心の中で輝き続けるお店
南国食堂 ジャンガ・ジャンカ
いつかまた、あのカールスバーグの黒板を入り口に掲げ、
同じ名前でOPENさせたいな・・・
あの頃の想いをそのままに。
ありがとう。
一生よろしく!
あなたにとって幸せの波が、まるで大津波の如く、起きますように・・・
最幸の一日を・・・![]()
