世界を変える皆様今晩は!


「ばあちゃんとカルボナーラ」


「これうめえなあ、何てんだい?」


初めておばあちゃんと外食した時、ばあちゃんがいった。

外食といってもファミリーレストランで注文した料理だ。


ばあちゃんにとって、外食と言ったらその時まで、そば屋かあるいは甘味処ぐらいのものだった。


足が不自由になってしまってすっかり出不精になっていた、ばあちゃんはトイレのことも心配で、

外食なんてしなくなっていた。


おまけにばあちゃんは悩んでいた。


誰がばあちゃんの面倒をみるだの、財産争いなど、ばあちゃんにとっていい話は

聞こえてこなかった。


白内障も進み、耳も聞こえにくくなってきた。生きる気力が持てなくなってしまっていた。


だから、ばあちゃんの口癖は、いつも・・・


「早く(死んで)じいちゃんのところへ行きたい」だった。


何を言っても寂しそうに、毎日ぼ~っと外ばかり眺めて、落ち込んで弱々しく

なっていたばあちゃんを、どうやって元気付けるか、私も考えていた。


思い切って聞いてみた。


「ばあちゃん、行ってみたい所あるの?」


答えは当然返ってこないと思っていた。しかしばあちゃんはぼそっと言った。


「楽しそうな、家族で行く食堂があるだろう?生きているうちにそこへ行ってみてえなあ」


「それってファミレスのこと?」


「何てえのか知らねえ。だけど道にあるだろ?ほら」


ばあちゃんが久しぶりに嬉しそうに話し始めた。


「じゃあ 行こっか」


すると、ばあちゃんは何十年も新しい洋服など買ったこともないのに、


「まず、デパートにいって、カーディガンが買いてえなあ」とつぶやいた・・・


おしゃれをして、少なくなった髪をとかした。鏡の中にいるばあちゃんは、


「口紅をつけてくんねえかい」と言う。


薄化粧をした、あんなに嫌がっていたオムツもちゃんとつけた。そして車椅子を押して出かけた。


「昨日から眠れんかったよ」


お店に入ると、注文を取りに来たアルバイトの店員さんの姿や、周りで


たくさんの子供たちがおいしそうにお子様ランチを食べているのを、


白く濁った瞳を、キラキラさせて見つめていた。


「ばあちゃん、何食べたい?」


私が聞くと嬉しそうに、「そうだなあ、あれがいいな」


しわくちゃの指の先には、スパゲティ。 「フォークよりお箸でもらう?」


と聞いた私に、「馬鹿にすんでねえ」 そう言ってくちゃくちゃの笑顔で、


「うめえなあ、うめえなあ」とばあちゃんが言う。



それがばあちゃんと食事をした最後だった。


ばあちゃんは2004年、97歳でなくなった。


私は、外食してスパゲッティカルボナーラを注文する度、ばあちゃんのかわいい食べ方を思い出す。



外食には家で食事をするのとは違う、嫌なことも忘れさせてくれる夢がある。


色々な人がおいしそうに食事をしている。ばあちゃんの悪口を言う人もいない。


笑い声が聞こえる。


ちょっとした贅沢は、歩けないばあちゃんにとって初めて食べた料理の味と同じくらい

感動的で、まるでレジャーを楽しんでいるようだった。


「ばあちゃん、天国へ行ったら、じいちゃんをファミレスに連れてってあげるんだよ」




う~ん ええ話です。


私たち外食産業には夢があります。たくさんのお客様がこられるなかで、その背景には、


色んなドラマがあると思います。お客様が来ていただけるのはあたりまえではないですね。


私たちがおもてなしするうえで良く耳にする言葉、ホスピタリティ


今一度、その意味を深く理解し、せっかくお店を選んでくださって、わざわざ足を運んで


頂いてるのですから・・・・  


少し上のお話とはずれるかもしれませんが、ファミレスの店員さんの立場に置き換えて


考えてみたら、自分たちがさせていただいてる意味と価値が、わかると思います。


それぞれのお客様の名場面を、そして夢を創れるお手伝いを、この外食産業を通じ


この志事に誇りをもってやってゆきます。


長文読んで頂き、ありがとうございます。



あなたにとって幸せの波が、まるで大津波の如く起きますように・・・波 最幸の一日を・・・


今日は居酒屋甲子園の全国会議が初、名古屋で行われます。行ってきます。