大切な方を亡くされ悲嘆の中の人の言葉をたくさん聞いていますが、

丁度、シルバーバーチの本の中で若い娘を亡くし同じような悲しみの母親への言葉が有りましたので、紹介します。


神は無限なる愛であり、この全宇宙を中における出来事の1つとして神のご存じでないものはありません。

すべての苦しみは霊に影響及ぼして、自動的に報いをもたらし、そうすることによって宇宙のより高い、より深い、より奥行きのある側面についての理解を深めさせます。

娘さんもその理解力を得て地上では得られなかった美しさと豊かさを今、目の前にされて、これからそれを味わっていかれることでしょう。


またご両親は大きなものを失われたかもしれませんが、娘さん自身は大きなものを手にされています。


お二人の嘆きも悲しみも痛みも娘さんのためではなく、実はご自身のためでしかないのです。


ご本人は苦しみから解放されたのです。

私が鳥籠の入り口を開け鳥を解き放ち、自由にはばかせたことを理解なされば、嘆き悲しむことが少しも本人のためにならないことを知って、涙を流さ出ることもなくなるでしょう。

やがて時が来れば、2人も私がありがたい解放者であることを理解され、娘さんのほうもそのうち死によって消えることのない愛に満ちた輝ける存在となっていることを、証明してあげることができるようになることでしょう。



悲嘆の人の多くには

xxが私にxxxと言った。

xxをしてくれない。

と、他人を責める事ばかりする人がいます。


例えば、

「一年たったけど、もう元気になった?」


「(まだ生きている)下の子のためにあなたも頑張らないとね」


「泣いてばかりでは天国のお母さんも悲しむよ」


このような励ましの言葉に怒りを向けるのです。


一年で忘れられるわけない!

貴方にそんな事を言われる筋合いはない!

どんなに今も悲しいか知らないくせに無神経すぎる!


しかし、怒りの持ち主も今まで、

そうやって誰かに言葉をかけた事は一度も無かったのでしょうか?


そのような期待はずれの他人の言葉にばかり執着するのはなぜなのでしょう。


スピリチュアリズムを学んでいても、

別れは悲しいし辛いし、

無神経な言葉には苛立つけれど、

 

そんなに天国が居心地が良いのか〜と見せられたり聞かされれば、気休めではなく、

幾分か休まります。


全ての人が理解するのは難しいですが、

スピリチュアルな学びは

人がそれぞれの人生を生きる中で大きな意味をもたらすと私は思います。