体調がすぐれない・・・と言ってたら、九州の友人が大量の新玉ねぎを送ってくれた。段ボールいっぱいに。それがご近所さんからのいただきもの、というのだから、すごい。
いわゆる限界集落に近いが、専業にせよ兼業にせよ、田畑をつくっているところだから「米、野菜には困らない」のだそうだ。その友人も10年前くらいから米作りを始め(本業は建築家)、「主食は自給」。そのついで?で、私もまた、主食の米には困らなくなった。なにせ、秋には一年分(私+息子)の米を送ってくれるから。
先日、将棋センターで一緒になった人に、その話をすると(・・・というのは彼女が「この週末は田植えの準備。米作りってほんと大変なのよ」というところから)、
「え?なんで?なんで米くれるわけ?」
そういうことを考えたことがなかったから
「仲がいいから、かな」
「仲がいいからって、そんなにお米くれないでしょ」
「じゅあ、すごく、仲がいいから、かな」
新玉、だが、この時期、新玉を使った好きな料理は、たまねぎとさやえんどう(絹さや)を牛肉と一緒に炊いたもの。味付けはちょっと薄めで。これは子どもの頃、一番好きだった新玉の食べ方。もちろん母が作ってくれた。
私が作る分には牛肉を豚肉にしてもグッド。牛肉オンリーだったのは、父が豚肉を好まなかったから。
母は気が短いくせに、料理に関しては気長だった。なにをつくっても、みな完璧なおいしさだった。手間を惜しまなかったからだろうなあ。豆の筋をとるとき、夕暮れ時のお手伝いを思い出す。新聞紙を広げた上で、下手の先端をぽっちと折って、下に引いたら、今度は逆に。そういうときって、たいてい西日が当たっていたような・・・錯覚?
新玉とくれば、サラダも。シンプルに薄切りにかつおぶしを散らし。亡くなった友人が、こんな季節に来ると、何食べたい?と聞くたびに「新玉のサラダ」。そんなに好きなんだから血液サラサラだったろうに、くも膜下出血になり、奇跡的に助かったかと思うと、そのあとの定期検診で、いきなり「6か月」の余命宣告を受けた。
母のこと、友人のことを思い出す。
送ってくれた友人も、亡くなった友人と親友の間柄で。なんというか、この世のとってもあったかい気持ちというか関係性をいただいたわけです。ごちそうさまでした。