息子から封筒をもらった。
 中には給料明細とお金が入っている。ありがたく頂戴する。

 はじめて彼に小遣いというものを渡したのは、小学3年の時。住宅街で、子供が行くような店もないし、本やおやつ、その他、必要なものは買い与えていたから、お金など必要ではなかったが、友達には毎月の小遣い制なるものがあると知って、その仲間になりたいと言ってきた。
 「いいよ。それで、いくら?」
 事前に考えていたらしい。
 「3年生だから300円」「いいよ」
 「でね、4年になったら400円で、5年になったら500円で、6年になったら600円で・・・100円ずつ多くしてくれる?」
 「いいよ」
 すると、ヤツ、にやりと笑って
 「かあさんね、そしたら高校生になったら1000円になるんよ。それでもいいん?」
 「いいよ」「すごっ!」

 こちらのほうが”にやり”じゃないか。

 ところが、使い道がないために2~3か月で小遣い制はうやむやのうちにたち消えとなった。
 それからしばらくして、なにかの拍子に思い出したらしい。
 「やっぱり小遣いくれる?」「いいよ」
 「でも毎月300円はおもしろくないから、最初の日は1円で次の日は2円で、その次の日は3円で、毎日1円づつ増やしてくれる?」
 「いいよ。」
 「ホントに?」
 一年先のことなど想像し、ほくそえんでいるらしい。
 けれども、すぐに面倒になったらしく「いらない」。

 そんなわけで小遣いは高校生までなかったが、それも定額制ではなく、必要なだけを要求してよいと。なにせ食べ盛りだから、お弁当だけじゃ不足だし、帰りもお腹に入れたいだろうと。それでも相場の小遣いよりは随分少なかったと思う。テニスに夢中だったから、みんながオシャレに目覚める頃もテニスウエア以外欲しがらなかったし。

 定額制になったのは、彼が大学生になったとき。月に3万円を封筒にいれ、毎月渡すようにした。そのうちバイトをはじめ、「少なくしてもいいから」。ではと5000円減額。
 バイトが続くうちに、「もういいよ」。そうは言っても学生の身だからと、なおも小遣いを与えていると、ある日「だから、余っているんだって。毎月毎月くれるから」。
 なぜか、ついに叱られた。

 思えば、私も子供の頃に「小遣い」という正式なものはもらったことがない。いつも母が財布を置くところが決めてあり、必要なだけ勝手に持っていくように、と。大学生になってひとり暮らしを始め、仕送りを受けるようになるまでずっとそうだった。そのかわり、夏休みなどに帰省してバイトでけっこう稼いだら、「学費に当てろ」とあっさり言われた。まあ、道理ではある。

 就職して、最初の給料では両親にプレゼント。父にはネクタイ、母にはブラウスだったかな。ところがそれで生活費が不足して、仕方ないから小遣いをねだった。
 「そんなことなら、もらわなきゃよかった」と母に笑われた。なんとも間抜け。

 自宅通いで働いているなら、食費を出すのは当たり前。そんなふうに言う友人もいる。さらに「ちょっとだけ出して、すごく食べるんだから」。
 けれども私はこれを「食費」などとは思わない。そういう項目に振り分ける以前のものである。