先日、遅ればせながら「ベンジャミン・バトンの数奇な人生」を見た。
映画はさておく。「数奇な人生」。作者であるフィッツジェラルド自身とその妻、ゼルダのことが思い浮かんだ。
奔放な人生、あるいは求めてやまぬ自由には、支払うべき大きな代償があるのだろうか。華々しい名声から一転、アルコールに溺れた夫と、精神を病み焼死した妻と。まるで一夜の打ち上げ花火。死はふたりに向かって、ひたひたと忍び寄ったのではない。常に射程距離で、手ぐすね引いて待ち構えていた。
罰当たりをなんどでもやらかす覚悟。そんなものがあったかどうかは知らないが。
刻苦精励に、誠心誠意、悪態もつかず、自制のうちに今日という日を穏やかに・・・そんな世界と無縁なところ。蕩尽に次ぐ蕩尽は破綻を呼び込むだけというのに。
けれども、それが幸や不幸につながるか・・・それは私にわからない。あるいは、そんなもの眼中にもなかっただろうか。
これは私の個人的な感想、彼らになんの関わりもない。「伝説」はきっとこんな具合にねつ造されていくのだろう。
たとえば、他者の悲しみに寄り添うためには、想像力が必要だが、それはあくまで想像に過ぎないことを自戒せねばならない・・・と。
さて、大寒波も一段落した模様。
おうちの前のももの木も はよ咲きたいと待っている。
映画はさておく。「数奇な人生」。作者であるフィッツジェラルド自身とその妻、ゼルダのことが思い浮かんだ。
奔放な人生、あるいは求めてやまぬ自由には、支払うべき大きな代償があるのだろうか。華々しい名声から一転、アルコールに溺れた夫と、精神を病み焼死した妻と。まるで一夜の打ち上げ花火。死はふたりに向かって、ひたひたと忍び寄ったのではない。常に射程距離で、手ぐすね引いて待ち構えていた。
罰当たりをなんどでもやらかす覚悟。そんなものがあったかどうかは知らないが。
刻苦精励に、誠心誠意、悪態もつかず、自制のうちに今日という日を穏やかに・・・そんな世界と無縁なところ。蕩尽に次ぐ蕩尽は破綻を呼び込むだけというのに。
けれども、それが幸や不幸につながるか・・・それは私にわからない。あるいは、そんなもの眼中にもなかっただろうか。
これは私の個人的な感想、彼らになんの関わりもない。「伝説」はきっとこんな具合にねつ造されていくのだろう。
たとえば、他者の悲しみに寄り添うためには、想像力が必要だが、それはあくまで想像に過ぎないことを自戒せねばならない・・・と。
さて、大寒波も一段落した模様。
おうちの前のももの木も はよ咲きたいと待っている。