本来なら七草かゆ。
 年末年始酷使した胃腸を休めましょう・・・なんだけど、我が家の夕べの献立、煮魚、酢豚、頂き物の笹かまぼこ、タマネギのサラダ・・・に加えたのは気休めのようにな大根おろし。ごはんは普通炊き。
 その上、私は相変わらずに「飲んで」いるという始末である。
 
 年末から、よく飲んだものだ。
 否。秋の終わる頃からだ。なんだか心がざわざわして、それを口実に。まあ、11月からは息子が無職の身になってしまい、朝起きる必要がなくなった、ということもある。
 12月には、その息子がインドに行き、ひとり残された、ということもある。
 帰ってからは、年末という口実、明けては正月という口実。

 けれども。
 飲むといっても、ビールしかダメだし、350mlを頑張ったって4本が限界だし。それでも毎日飲んだわけ。
 かつてはごく当たり前、私は片手にビールでいつも料理を作ってた。なんだか遠いことのように思えてくる。

 さて、正月の退屈しのぎに本屋で数冊選んだが、その時わかってたんだ。
 「これは、もう読んだぞ。探せば、本棚にあるぞ」
 そうそう。あるだろうな。タイトルしっかり覚えてるし。探すの面倒だし、古書で100円、200円。ま、再読ってことに。内容を全く思い出せない訳でもない。でも、思い出したら、読む気も失せる。
 
 たとえば、今日からイメチェンで、これまでとは違う雰囲気のものを着よう・・・などと思いつつ、結局これまでと似たような洋服を買ってしまう・・・ようなもの・・もの?
 否。居並ぶ本を前に、選択するということ自体がどうでもよくなった。そう、ただでさえ痩せっぽちの私がさらに体重を落として以来、大好きな本屋を物色するという興味も体力的な理由でなくなったのだ。文字があればそれでいい・・・なんて時もある。新聞って役にたつなあ。

 むろん、はじめて読む本もあった。期待を裏切られたものもあれば、逆もあり。これって、上から目線って、咎められる発言かしら? なにがしかの代償で手に入れた読み手の勝ちだよな。早い話が、印税に寄与したわけで。
 
 明日は、通院日。そう、私は精神を病んでいる・・・とは医者の見解。
 愛した人を失って、病まないほうがおかしいと、思うけど。