おはよう。
 世は連休の幕開け。移動する人たちの距離全部あわせたら、どれほどだろう? まあ、実際数字を聞いたところで、きっと見当もつかないけど。

 さて、ブログを怠っている理由はもうひとつ。パソコンをマックからウインドウズに変えた。これ自体はどうということはないけど、以来、このブログをお気に入りバーに登録していなかったから。たったこれだけで、習慣(毎日開いていたという)に変化が生じた。これは、私が生来の怠け者であるからか、人間の行動パターンなのか、定かではないけれど。

 たとえば、食事をつくるということ。これは毎日やっていると苦痛ではないが、何かの事情でしばらく作らなくなると、実に「面倒」に思えてくる。スーパーの惣菜を並べることになんの抵抗もなくなれば、巷で「便利」という噂の「コンビニ惣菜」でさえ、よしとしたくなるから不思議。

 どこかで、ぐっと自分を引き戻さねばならない。
 「よい習慣、悪い習慣などない。すべての習慣が悪い」とは和尚ラジニーシだったっけ。

 ふたりの若者がラジニーシのもとにいた。
 一人がたばこを吸いはじめたのを見て、もうひとりが驚いて声をかけた。
 「たばこを吸うことを許されたのか? 私は叱られたのに・・」
 「なんと言ったの?」
 「瞑想しながらたばこを吸ってもいいですか? 君はなんと聞いた?」
 「たばこを吸いながらでも瞑想していいですか?」

 あれ? 習慣と無関係か?
 人間が変わるには、習慣を変えることだと聞く。しかし、の前提。それほど人間は変わらねばならないものか?
 そうまでしなくても、人はさまざまな経験・・・思いもかけないことや、自分の都合にあわないことで否応なく変わっていく。辛ければ辛いなりに、人は優しくなる。貧しければ貧しいなりに人は豊かにもなる。
 「習慣」なんぞ、たいしたものでもないな。「生活習慣病」いつも、ヤな言葉だと思う。