タイトルは、本日の朝日新聞17面「たゆまぬ歩み 未来へ」と題した朝日賞受賞者の声から、俳人の金子兜太氏のもの。

 「私は「存在者」というものの魅力を俳句に持ち込み、俳句を支えてきたと自負しています。存在者とは「そのまま」で生きている人間。いわば生の人間。率直にものを言う人たち。存在者として魅力がない者はダメだ―――。これが人間観の基本です」。

 
 存在者として魅力がない“者”はダメだ・・・には抵抗があるけれど。(「魅力がないとダメだ」なら・・。)

 引き続き引用。


 「存在者の魅力を確認したのは戦争です。私は25歳から27歳まで南方のトラック島で海軍施設部の隊におりました。そこの工員さんたちは秩父の青年たちより、さらに生存者の塊のようでした。(兜太は秩父の出身)その愛する人たちがたくさん死んでしまった。それは痛みとなって残っています」。


 言葉にこだわるわけではないが、愛すべき、ではなく愛するというところがいい、と生意気にも思う。


 「人間を、社会を深く見れる連中は、命というものにぶつかっています。これは間違いないです。
 最後は命。私もこの歳(94歳)になってきて、
 やっと「存在」ということを見つめているうちに「命」というようなものを見るようになって、
 それは「決して死なない」と、いう考え方を持っていますね」。 (今を生きて 老い思わず)

 命を不滅と思い定める、と言う。別れは、別のところに居所を移したに過ぎない。つまりは他界。再会があると言う。そう、「思い定める」のだ。

 
 私なんて、まるでなんの覚悟もないままなんだけど・・・・
 せめて、ごあいさつを
 「今朝も、お寒うございます」。