「6月」(茨木のり子)

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終わりには一杯の黒ビール
鍬を立てかけ 籠をおき
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮れは
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人の力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる



「どこか」は「ない」ということなんだな。どこかにありますか? という問いかけではなく。
どこにもないのですね、こんな村。
どこにもないから、描くことができたのでしょうか。

憧れって、なんだろう。
詩から外れて。


雨模様、で肌寒い。後姿は、きっと誰のものでもさみしかろう・・・と思ったり。
「一生懸命の後姿」ってないものなあ。あっても、いやだな。きっと。さみしくない後姿って・・・。


6月。
私、誕生月。母のことを思う・・・ことにしよう。