一週間前、半袖でパソコンを打っていた。
 友人と出かける約束をして、上に羽織るものを用意はしたが、夕刻まで不要なままに過ごした。

 一転。
 一昨日から、ストーブが登場。パジャマもフリースに。たった数日で、室内の灯りがやけに黄色く感じられるようなった。
 いやはや、冬の到来も間もなくだろう。「深まり行く」という動詞を抜きに、一気に季節が変わりそうな気配。これからの三ヵ月。今年の暑さもすっかり忘れて、ひたすら夏を恋うのだろう。

 あの年の秋から冬は、週に何度か、父の病床を訪ねる日々だった。すでに手の尽くしようがないと言われた時の、唖然とした思い。
 みるみるうちに痩せていき、枯れ木のようになった長い脛。

 凩に揺れる樹々を、病室から眺めたときの寂しさ。
 そう、もう10年の月日が流れた。

 「夜と霧」の作者、フランクルは、「過去こそ一番大切で大事なもの、生きられなかった時間は永遠に失われてしまうけれど生き抜いた時間は座標軸に永遠に刻まれる続ける」残している。
 
 私は父の過去を知らないままだった。頓着すらしなかった。聞くべきことはたくさんあったはずなのに。