ガラス張りの施設の外で、彼女は随分と年の離れた女性とふたりで座り込むようにして煙草を吸っていた。
 一通り見学を終えた、帰り際のことだ。
 「こんにちは」。
 声をかけたが、年かさのほうは黙って煙草をもみ消すと施設内に消えた。どうやら連れではなかったらしい。
 「こんにちは」
 体全体がふっくらして、顔立ちには愛嬌があった。
 「今、見学させてもらったのよ」
 「来る?」
 「来てみような。」。
  

 本当のところはそうでもない。ぎくしゃくした動きが多いし、交わす笑顔は、病気特有の弛緩した表情だ。
 意外だったのは、「賑やかさ」がなかったこと。尤も、そういう「賑やか」な人たちは、この通院患者用のデイケアではなく、病室の住人ということだろう。
 「今日は50人ほどの方が参加されているんですよ。」
 おそろいの紺のジャージを着用したスタッフの男性がパンフレットを見せながら、裕子に使用できる時間帯や設備について、説明をしてくれる。実に懇切丁寧に。
 見回せば、塗り絵をしている女性、驚くことに黙々と麻雀パイを積んでいく老齢の女性4人組。トランプをしているふたり。コーヒーを飲みながら、談笑するでもなく、ひとつテーブルについている人たち・・・。新聞を広げている人。パソコンに向かっている人。ただ時間をやりすごすように座っているだけの人・・・。
 いずれにせよ女性が圧倒的に多かった。精神科に通うのは、女性の比率が高いということではないだろう。病院の待合室は大体が半々だ。こうして、外に出られるのは仕事をもたなくていい女性であり、また出たがる、のが女性の特徴でもあるのだろう。

 見学した限りでは、彼女が一番若いようだった。
 「かわいい靴。クラークス?」
 裕子の足下を見て、彼女が言った。
 「違う、似てるけど。クラークス、高いもの」
 「バッグもかわいい。なんだ、みんなかわいいじゃん」
 「そう?」
 「煙草って、一本でビタミンCが20ミリ失われるって知ってる? だから私はビタミン不足でいつも唇の皮が剥けてるの」
 「そうなの・・・」
 彼女はやおらビニール袋からひとつずつ包装された小さなチョコレートを数個取り出した。
 「あげる」
 「ありがとう」
 「お名前は?」
 「ふじわらようこ」
 ありふれた名だった。
 「ようこってもうひとりいるから、名前で呼んだらそっちの人がふりむくかも」
 「じゃあ、ふじわらさんって呼ぼうか?」
 「ふじわらっていうのもふたりいるんだ」
 「じゃあ、なんて呼んだらいい?」
 「ふじわらようこ。」
 「私は、友田裕子」
 「ゆうこって人はほかにもいるけど、ともだはいないから、ともださんと呼んだほうがいいみたい」
 「よろしくね」
 「チョコ好き? もっとあげるよ。」
 ふじわらようこさんは、裕子の両手からこぼれるほどのチョコレートをわしづかみにして押し付けてきた。それを落とさないように気をつけてバッグに入れる。


 「ちょっとびっくりされるかもしれませんが、まあ、気分転換がてら来てみてはどうですか? 昼食もついてますし、格別なにもしなくても、人と一緒にいるということが大事ですから」

 ひと月に一度の受診。もう3年半を超える。以前は週に一度、それが一年たつころに二週間に一度となり、いまはようやく月に一度までこぎ着けた。投薬の関係で、これ以上は間を置く事はできないのだが。
 近況にあわせて、そろそろ薬を止めたいという話をしたが医者はダメだと即答した。
 「でもわたしは、絶対に死んだりはしないですから。それがどんなにまわりの人間を絶望に追いやるかはよく分かっています」
 「今はそう思っていても、いつも死を考えている毎日の中には、ふっと魔がさすことがあるんです。自分は大丈夫と思いながら、そのときにはもう視野が狭くなって、通常の思考ではなくなる。それを一番恐れているんです。ともかく、自分をひとりにしないことです。入院という手もありますが、それがいやと言われるなら、デイケアに参加していただきたい」
 ふっと思った。この医師は、患者をそうして失ったっことが何度かもあったのかもしれない。職業とはいえ、口惜しく、無念なことであったろう。
 
 そういうわけで、今日はひとまず見学をと、促されたのだ。
 デイケアに参加するには、診断書が必要である。自立支援医療の申請も行わなければならない。むろん医師は承知していて、ついにこれで、「正規」の鬱病患者となる。医師は受付に電話をすると、申請書の用意をするように言いつけた。
 「見学の前に、受付に寄ってください。デイケアのスタッフも待っていますから」
 手続きは簡単だった。気になったのは、受付の女性が、ある項目の「重」に丸をつけたことだ。笑い出しそうになった。今日は、もう薬を絶ちたいと相談するために来たというのに。それが人生をとりもどすための最初の手段だと考えたというのに。


 「わたしは、35さい」
 「じゃあ、私はおかあさんくらいかな?」
 「おかあさんは66」
 「だったら、私のほうがずっと若いよ」
 「いいよ、べつに」
 ふじわらようこさんは、話が唐突である。返事が予測できない。
 「ね、どこから来る?」
 「住んでるところ?」
 「何区?」
 「西区」
 「同じだ~。チョコ、もっといる?」
 「もうたくさんもらったから。ありがとう。ねえ、ここ楽しい?」
 「どうかなあ。私は花の絵を描くから、それが楽しい」
 「いつも火曜に来てるの?」
 「月、火、水、木、金と、ときどき土曜日」
 「もう長い?」
 「え~と、いつからか忘れたけど、長いかなあ・・・もう行かなきゃ」
 ふじわらようこさんは、立ち上がるとふりむきもせず、施設に駆け込んでいった。ジーパンのお尻がパンパンにふくらんでいる。健康のようでもあり、不健康のようでもあり。街ですれ違っただけなら、そんなこともまるで目に入らないことなのに。
 
 ふじわらようこさんの、自立は進んでいるのだろうか? 私も「自立」してこんな話し方をするようになるのだろうか? 私は一体、なにがどうして、ここにいるのだろう?
 いつか、誰かと、麻雀の卓を囲むことになるのか? もの言わぬまま、見知らぬ人とコーヒーをすするのか?
 「来られるときは、なにもいりませんが、カップだけはご自分のものを用意して持ってきてください」
 説明係のスタッフの言葉が蘇った。

 空は青々としていた。夢とも現ともつかぬ日々が、もう4年過ぎ去ったのだ。いや、この瞬間とて幻のようだが・・・。
 裕子にとってリアルなのは、いまのいま、バッグを占領している、チョコレートだけかもしれない。